米朝首脳会談
 6月12日に締結されたトランプ米大統領と金正恩の共同声明は、表面的にはそれほど印象的ではない。だが、その意義は決して無視されるべきではない。

 両首脳は、シンガポールのセントーサ島で開催された首脳会談の後、米朝関係を改善することを約束した。金正恩・朝鮮労働党委員長は、自身が韓国で宣言した内容を再確認し、さらに「朝鮮半島の完全な非核化に向けて」働くことを約束した。

 一方で、今回の米朝首脳会談で発表された共同声明は非核化プロセスの今後を規定していない。そのため世界の人々は首脳会談を「成功」とは見なさず、「単なる政治パフォーマンス」と受け取ったのだ。

 しかし、金正恩氏が自国を新たな方向に牽引しようとしているという指摘する向きは多い。北朝鮮は最終的に核兵器を諦め、長年人々を苦しめてきた貧困と孤立から抜け出すための経済改革を進める可能性がある。

金正恩氏の新たな戦略
 今年4月、金正恩氏は「社会主義的経済建設」が「新たな戦略的ライン」となるべきだと発言し、北朝鮮はこれ以上核爆弾やミサイルを開発する必要はないと述べた。これは、「『軍事』と『経済』の並行開発」という以前からの政策を変えるということを意味しており、その中でも「軍事」を優先するという北朝鮮の国家運営方針を転換するという意味にも取れる。

 北朝鮮は国民を厳しくコントロールしている共産党政権である。その北朝鮮は最近まで、他国に緊急支援を提供するよう圧力をかけるための戦略として、核・弾道ミサイル試験を行ってきた。しかし金正恩氏は、北朝鮮に対する重い国際制裁と米国政府の強硬な姿勢を見て、外交に生き残りを賭けた。そして中国、韓国を訪問したのち、トランプ大統領とのシンガポール首脳会談を開催するに至ったのだ。

 金氏の「『軍事』と『経済』の並行開発」というドクトリンからは、中国の改革開放政策と同様の性質を有している。中国では、大飢饉と文化大革命によって国が荒廃したため、市場経済改革の立て直しによって経済にテコを入れ、その結果中国は世界第2の規模を誇る国家へと変貌した。金氏は北朝鮮を同じような方向に進めたいと考えており、それをやり遂げるために核兵器を放棄しようとしている可能性がある。

北朝鮮に対する中国の影響
 北京や他の主要な中国の都市は、北朝鮮のミサイル発射現場からわずか数百マイルしか離れていないにもかかわらず、中国は過去には北朝鮮の核開発を容認していた。しかし、2012年に発足した中国の指導者・習近平氏は、歴代政権とは異なり北朝鮮に対し友好的な姿勢を見せることはなく、北朝鮮シンパの中国高官の多くは腐敗防止キャンペーンによって粛清された。習近平氏はまた、2016年後半から北朝鮮に課された強力な国連の制裁に協力した。このことは、金氏を交渉の場に導くうえで重要な役割を果たしたと言われている。

 一方、中国は、関税や知的財産権の窃盗をめぐり、貿易戦争という形で米国からの圧力に直面している。中国政府は、自国の経済を米国の強硬的な政策から守るために、金正恩氏に何らかの指示を与えた可能性がある。

 金氏が中国の例に北朝鮮経済を改革する準備を本当にしているとするなら、中国政府が金氏に対し何らかの体制保証を確約した可能性もちらつく。

北朝鮮国内の状況
 一方、北朝鮮が、米国政府の要求通りに「完全・検証可能かつ不可逆的」に核兵器を解体するための具体的な措置を講じるなら、金氏は北朝鮮の国民や政府高官から「弱腰」とみなされ、メンツを失い、自身の基盤が揺るぐことになる。

 シンガポール首脳会談の直後、北朝鮮の国営メディアは、金氏がトランプ大統領からのワシントンDC訪問の招待状を受け入れたと報じている。

(翻訳・今野秀樹)