(イメージ:Pixabay CC0 1.0)

 最近、中国の金融界と民間で話題になっているのがデジタル通貨「デジタル人民元」である。デジタル人民元の登場は、現在の貨幣経済に対する一種の挑戦であり、個人や企業の資産の安全性にも大きな影響を与えることになる。さらに、中国に資本を投下している外国企業にとっては、看過できない問題となりうる。

デジタル通貨に関する三つの出来事

 8月後半の二週間で、デジタル通貨に関する3つの大きな出来事があった。

 まず一つ目は、中国商務部が8月14日、中国で経済的実力のある28の省・直轄市でデジタル人民元の流通を試行するとの通達を発表したことだ。全国には30ほどの省・直轄市しかなく、28の省・市で試行を実施することは、デジタル人民元を急速に推進することに他ならない。しかしこの通達ではいつから試行が始まるのかが明示されていなかった。

 2つ目は、8月20日、「デジタル人民元はドルや金と兌換(だかん)できない」という中国中央銀行幹部の発言がネット上に流出したことだ。この情報が出てから、すぐに国内外の中国人の間でデジタル人民元に対する恐慌が巻き起こった。この情報は10日以上前から出ているが、今のところ当局はこの「噂」を否定していない。

 3つ目は、深センの不動産を売却する際はデジタル人民元で取引しなければならないという情報だ。これは8月22日に拡散した。これは、前述した「デジタル人民元はドルや金と兌換できない」ということより、もっと衝撃的だった。様々な憶測、不安、パニックが国内に蔓延し、デジタル通貨に対する恐怖と反感を強めている。

 中国の中間所得層にとって、デジタル人民元がドルや金と兌換できるかどうかは気にしておらず、自身に大きな影響はないと考えている。しかし、不動産を売却してもデジタル人民元しか手に残らず、しかもデジタル人民元の信用力は未知数であるとなれば話は別だ。これでは対価を自由に選択する権利を奪われたに等しい。もっとも、人間は強制的に押し付けられたものに対して、本能的に反感を持つものだ。

 反対の声が多いためか、8月25日、中国国務院情報局は会議を開き、中央銀行の関係者に現状を説明させ、記者会見を行った。国内外で最も注目を集めているデジタル人民元について、中国中央銀行金融政策部の孫国峰部長が質問に答えた。彼は、中央銀行が開発したデジタル人民元は現在研究開発段階であり、深圳、蘇州、雄安、成都及び将来の冬季五輪会場で試験的に流通しているだけだと話した。そしてデジタル人民元が流通する時期はまだ定かでないとした。「デジタル人民元が流通する時期はまだ定かでない」という言葉が発言の要点となり、国内外のメディアの見出しとなった。国務院と中央銀行が大衆を安心させるためにこのような言い回しを使ったと考えても差し支えないだろう。

公式回答の裏に隠された情報

 デジタル人民元の流通開始時期は定かでないという発言からも、いくつかのことが推測される。

 まず、デジタル通貨に関する上述の3つの出来事はすべて、中国政府が人々の反応を試すための試金石であると考えられる。人々の反対が激しくなければ、すぐに全国でデジタル人民元を推進する、といった具合だ。逆に、反発が大きければ、導入時期は未定と発表して落ち着かせる。深センのケースでは、人々の恐怖と反感をあおったことから、導入時期は未定として発表したと考えられる。

 次に、デジタル通貨に抵抗する国内外の声が、少しは役割を果たしていると示している。今回のデジタル人民元の導入時期は未定という当局者の発言は、実は一時的な譲歩であると考えられる。 中国政府は、デジタル人民元の背後にある強い世論を無視して、露骨に强行に推進するわけにはいかないため、報道官が出てきて国民をなだめたのだ。

高まるカントリーリスク

 デジタル人民元導入によって大きな影響を受けるのは、間違いなく外国企業だろう。今までは中国に資本を投下し、現地で生産販売活動を行い、制限はあるものの収益を本国へと移送できた。しかしデジタル人民元という地域性が極めて強い貨幣が商取引の対価として支払いがなされれば、外国企業は収益を本国の貨幣もしくは米ドルに兌換できなくなる。最悪投下した資本も回収困難となる。

 また、繰り返しになるが、正式な導入時期は決まっていないと言っても、導入しないわけではない。実際、現在デジタル人民元は中国で流通し始めている。例えば蘇州では、多くの公務員がデジタル人民元で給料を受け取っている。雄安では、マクドナルドなど19社がデジタル人民元の受け取りや支払いを開始している。これらの事案から、デジタル人民元がすでに導入されていることがわかる。「導入時期は未定」という発言は、赤裸々なウソに他ならない。

 中国政府が打ち出したデジタル人民元は、中国経済を統制するための新たな道具に過ぎない。中国政府がデジタル人民元と米ドルと金との兌換認めないのは、つまり、インフレ止まらない中国国内の貨幣と外貨や金との間にファイヤーウォールを築き、経済の崩壊と一党独裁政治の崩壊を防ぐためである。

(翻訳・藍彧/編集・山上一龍)