『女史箴図』(東晋・顧愷之)(イメージ:Wikimedia Commons / パブリック・ドメイン)

 美しさを求めるのは女性の永遠の課題で、昔も今も変わりありません。現代の女性は、化粧品やサプリメント、エステ等、自分を美しくする手段が昔より遥かに豊富にあります。

 古代の女性はどのように自分を美しく、麗しくしていたのでしょうか。『女史箴図』(※)の中には、古代中国の貴族女性が化粧している姿が描かれ、彼女たちの日常生活の歴史的な瞬間を記録してくれています。

 『女史箴図』は中国東晋(とうしん)時代の画聖と呼ばれる顧愷之(こ がいし、344―405年)が、西晋時代の政治家・文人の張華(ちょう か、232年―300年)が宮廷に仕える婦女に倫理道徳を説くためにまとめた書『女史箴』を絵画化したものです。

 『女史箴図』の一部を見ると、絵の真ん中に貴族女性が鏡台の前に端座し、後ろに仕える女性が、慎重に貴婦人の髪の毛を梳いている姿が描かれています。貴婦人の前に鏡台が置かれ、その鏡台の底には台座があり、台座から立つ縦柱の上部には円形の銅鏡があり、縦柱の真ん中に櫛などを入れる道具箱が嵌められているのです。一方、仕える女性は髪の毛を高く結んでおり、髪に簪を挿し、貴婦人の髪を滑らかに梳いています。絵の右側に自ら化粧をしている貴族女性が座っています。彼女は右手で自らの髪を整え、左手に持つ銅鏡に自身の容貌と表情を写しています。そして、床には化粧箱とその蓋が置かれており、メイク道具などが普段きちんと整理され、収納されているものと思われます。絵の全体に淡彩が施されており、気品が溢れ、優雅な雰囲気が漂っています。

 初めてこの絵を見た時、約1700年も前の女性のおっとりとした優雅な振舞いにすっかり魅了され、その美しさに思わず息を飲んでしまいました。

 『女史箴図』の絵の右側に、「人咸知修其容,而莫知饰其性。性之不饰,或愆礼正。斧之藻之,克念作圣」と書かれ、左側には「 出其言善,千里应之,苟违斯义,同衾以疑」と書かれています。

 それを日本語に訳すと、「人は自らの外見を飾ることは知っているが、自分の心を修めることは知らない。心を修めなければ、道を踏み外すことにもなる。心を磨き、善念を持てば、聖人にもなれる。善言を発せば、遠方の人もそれに応じ、それを怠れば、夫婦にも疑いが生じる」という意味になります。

 昔の人は心の素養の大切さを訴え、綺麗な容貌になるには、心を修めなければならない事を人々に伝えています。

 1700年前のこの言葉は、今になっても依然として耳に痛い忠告の言葉です。

 心を磨くことを軽視してはいけません。常に自らの行動を顧み、非を素直に認め、弛まず改善して行くことは、いつの時代も美しくなる原点なのです。

(※)顧愷之の原本はすでに失われ、初唐の模本と推定されるものがロンドンの大英博物館に所蔵されている。図は巻物形式をとり、長さ349.3㎝、幅24.8㎝で、細かい織り目の絹地に描かれている。全9図があり、中国絵画史を代表する名品とされている。

(文・一心)