『萬年不老冊・虎渓三笑』(作者不明)
中国には「三人成虎(さんにんせいこ)」という故事成語があります。「三人、虎を成す」というのはありえないうわさや虚言でも、言う人が多ければ、信じてしまう人がいることを表しています。それにまつわる物語が中国の歴史上、秦、楚、魏、趙など七つの国による群雄割拠の時代・戦国時代(B.C.403年-B.C.221年)にありました。
中国では皇位を継ぐべき皇子のことを「太子」と呼び、同盟国を結ぶ上で、自国の太子を人質として相手国に送らなければなりませんでした。そのなかで、魏と趙は同盟を結ぶために、魏の太子が人質として趙の都・邯鄲(かんたん)に行くことになり、大臣の龐蔥(ほうそう)もお供で行くこととなりました。
龐蔥は太子が誹謗中傷によってに不利になるのを心配し、出発前に魏の恵王(けいおう)にこのように話しました。
「誰かが『市場に虎が現れた』といったら、王は信じますか。」
「信じるわけがない。」
「もしもう一人が『市場に虎が現れた』といったら、王は信じますか。」
「うむ、疑うかもしれない。」
「もし三人目が『市場に虎が現れた』といったら、王は信じますか。」
「それは信じるだろう」
「市場に虎など現れていないにもかかわらず、三人も虎が現れたというと、人々はそれを信じてしまいます。趙は魏からはるかに離れており、王には多くの大臣が仕えております。大臣たちのいうことを、よくお考えの上、ご判断なさるようお願い申し上げます。」
「わかった」
そして、太子と龐蔥は趙へ向かいました。
その後、太子が魏に戻ってきました。しかし恵王はうわさや虚言を信じてしまい、会うことすらできませんでした。
「三人成虎」は「三」が「多数」を意味しており、必ずしも三回や三人とは限りません。多くのデマや虚言を軽信せず、賢明な判断をするように忠告として使われています。
※中国語の原文:
龐蔥與太子質於邯鄲,謂魏王曰:「今一人言市有虎,王信之乎?」王曰:「否。」「二人言市有虎,王信之乎?」王曰:「寡人疑之矣。」「三人言市有虎,王信之乎?」王曰:「寡人信之矣。」龐蔥曰:「夫市之無虎明矣,然而三人言而成虎。今邯鄲去大梁也遠於市,而議臣者過於三人矣。愿王察之矣。」王曰:「寡人自為知。」於是辭行,而讒言先至。後太子罷質,果不得見。
出典:『戦国策・魏策・魏二』
(注)龐蔥という表記は清の『四庫全書』による。一部書物では龐恭と記載されているが、同一人物である。
(翻訳・常夏)