「病気でもないのに、22日間も精神病院に強制入院させられた」。こう語るのは、中国安徽省淮南(わいなん)市の住民・張坡(ちょうは)さんです。
2024年、張坡さんは地元の警察により、強制的に精神病院に入院させられました。22日間の「検査と治療」を受けたものの、退院後に受けた司法機関による正式な精神鑑定では、精神疾患の所見はないと判定されました。しかし、張さんが警察に事情説明を求めても、いまだ何の回答も得られていません。
中国の地方メディア「大象(だいしょう)新聞」が4月3日に報じたところによると、張坡さんはもともと、淮河(わいが)エネルギー・ホールディングス・グループの炭鉱作業員でした。1999年、炭鉱の地下作業中に暴走した石炭運搬車の事故に巻き込まれ、重い障害を負いました。以降、労働能力を失った張坡さんは、毎月支給される障害者手当で生活してきました。
張さんによれば、数年前までは障害年金で家族3人の生活をなんとか維持できていました。しかし、2020年以降、各種控除が増えた結果、手元に残るのは月1900元(約4万円)ほどしかありません。「この金額では、家族の暮らしはとても支えられない」と張さんは訴えています。
こうした状況のなか、張さんは数年前から淮河エネルギー・グループに障害年金の引き上げを求めてきましたが、会社側は応じませんでした。張さんはその対応に納得できず、何度も会社を訪れました。やがて、その様子を撮影し、動画としてネットに投稿するようになりました。
2024年6月2日、張さんは再び同社の正門前で、自身の悲惨な境遇を語りました。その際、会社の職員と口論になり、自ら警察に通報しましたが、駆けつけた警察官により派出所へ連行され、取り調べを受けました。
取り調べ終了後、警察官は張さんに対し、「淮南市第四人民病院の精神科で鑑定を受ける必要がある」と告げました。張さんとその家族もこれを強く拒否しましたが、警察は検察の同意を得ないまま、張さんを強制的に病院へ連行し、そのまま22日間にわたって強制入院させました。
張坡さんが入院していた病院の記録によると、その入院期間は2024年6月2日から6月24日までとなっていました。そして、「退院手続きは派出所を通じて行うこと」「家族の面会は認めない」と明記されていました。
大象新聞の記者が、張さんが22日間を過ごした病棟を訪ねたところ、病棟の出入り口は金属製の格子扉で封鎖されており、厳重な管理体制が敷かれていました。
張さんは取材に対し、「精神病院で20日以上、屈辱に耐えた。携帯電話は没収され、ベルトや靴ひもを取り上げられた。薬を飲むよう強制された際には、口の中まで検査され、本当に薬を飲んだかどうか確認された。投薬を拒否すれば、すぐに全身を拘束された」と自身の経験を語りました。
張さんは、「医師の許可なしには病棟を出られず、外部との連絡も一切できなかった。入院当初に抵抗した際は、ベッドに縛られて3〜4時間も拘束された」と振り返ります。張さんはその後は、やむなく医師の指示に従い、検査を受け、薬を飲み続けたといいます。あれからすでに1年近くが経ちましたが、張さんは精神病棟に閉じ込められたときの、あの恐怖と抑圧の感覚を今でも忘れることができないといいます。
張さんの妻は大象新聞の取材に対し、派出所から「張さんを精神病院で検査・治療させる」との連絡を受けた際、彼女は即座に反対の意思を伝えたといいます。「何十年も一緒に暮らしてきたが、夫の言動は普段からいたって普通だ。家族や友人、近所の人もみな、夫は精神疾患を患っていることはないと証言できるはずだ」と話しました。
実際、現場の監視カメラ映像や、派出所での取り調べ記録を見ても、張さんに精神的な異常があると推定できる行動は見られず、自傷や他害の危険性も一切認められませんでした。
しかし驚くべきことに、精神病院を出た直後、張さんは「故意に騒動を引き起こした」として行政拘留8日間の処分を受け、そのまま拘置所へと送られました。
大象新聞の記者が、安徽省の司法鑑定機関によって作成された張坡氏の鑑定報告について、専門家に意見を求めたところ、「この結果は、張坡氏が精神疾患を持っていないことを意味する」と説明を受けました。
また、北京中銀(鄭州)法律事務所の弁護士、梁利波(りょうりは)氏は、「警察の対応は明らかに《精神衛生法》違反だ。公権力が介入できるのは、本人に自傷または加害の恐れがある場合に限られる。しかし、張坡氏には暴力的な傾向も異常行動も見られず、手続き上に重大な問題があるのは明白だ」と指摘しました。
張坡さんが警察により強制的に精神病院へ送られたという事実は、ネット上でも大きな注目を集めました。
あるネットユーザーは、「警察、病院、そして企業が三位一体となって監禁の仕組みを構築している」と指摘しました。「警察は張坡氏に『不安定分子』というレッテルを貼り、病院は『合法的な拘禁』の手段を提供し、企業は張坡氏の権利主張を抑え込むことで自身の利益を守っている」と述べ、「警察と精神病院が結託し、閉鎖的な権力の利益構造を形成しているのだ」と指摘しました。
また別のネットユーザーは、「派出所は見えない殺し屋だ。精神を破壊するような手段で、普通の人間をじわじわと追い詰めていく。それはまるで出血のない殺人行為ではないか」と非難しました。
張坡さんの悲劇をきっかけに、多くの人々は、2024年に大きな話題となった江西省の李宜雪(りぎせつ)さんの事件を思い出しました。
2024年後半、江西省南昌市の女性・李宜雪さんは、自らが体験した惨劇をSNSに公開しました。その中で李宜雪さんは、中国の警察と江西省精神病院が結託して、異議を唱える市民や陳情者を無理やり精神病院に監禁し、拷問していると告発しました。その投稿は瞬く間に拡散され、一時は閲覧数が10億回を超えるなど、大きな波紋を呼びました。
李宜雪さんは、2022年4月14日、地元の派出所の補助警察官からわいせつ行為を受けたことを通報したところ、逆に江西省精神病院に56日間も強制入院させられたと語っています。退院後、彼女が他の2つの病院で精神鑑定を受けたところ、うつ病や不安症状などは特にないと診断されました。
精神病院への強制入院は不当だったとして、李宜雪さんは2024年7月20日、江西省精神病院を相手取って訴訟を起こしました。しかし、同年12月22日、彼女は地元政府によって再び精神病院に強制収容されてしまいました。
2025年1月11日、南昌市政府は、李宜雪さんは父親の同伴のもと退院したとの通達を発表しました。しかしこの発表に対しては、真偽を疑う声が多く上がっています。というのも、李宜雪さんはその後も一切公の場に姿を現しておらず、市民メディアの一部は、「彼女は現在、南昌市の唯美ホテルに監禁されており、複数の警察官によって監視されている」と主張しています。
(翻訳・唐木 衛)