ピンク色の藻類が繁殖する腐海。塩と泥の底がむき出しになっている(Blueboyandy, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

一、ウクライナとロシア戦争

 2022年2月24日、ロシア軍の戦車が国境を越え、ウクライナに侵攻しました。それを受け、ウクライナのゼレンスキー大統領は同日に「戒厳令」を発布し、さらに18歳から60歳までのウクライナの男性を原則出国禁止にする「総動員令」に署名しました。

 ウクライナとロシアは、戦争状態に入ったのです。

 ロシア・ウクライナ戦争が勃発して以来、国際社会やメディアは一貫してロシアの侵攻を非難し、ウクライナの反撃を強く支持してきました。

 戦争が開始して3年が経過しました。

 この間、戦闘は激化し、多くの無辜な人々が犠牲になりました。

 国際社会はウクライナ支援に多大なエネルギーを注いできましたが、ロシアも、中国、イラン、北朝鮮による支援を得て戦闘自体は有利に進めていると伝えられ、戦況は将来を見通せない長期消耗戦となっています。

 アメリカのウクライナ特使を務めるケロッグ氏によると、ウクライナの死傷者は210万人に達し、そのうち約30万人が死亡したといい、イギリス国防省は3月20日、SNSに「ロシア軍の死傷者はおよそ90万人にのぼった」と投稿し、「うち死者は20万人から25万人だ」と分析しています。

二、「風の谷のナウシカ」は現実になるのか?

 ウクライナの戦禍を目の当たりにしていると、宮崎駿監督の名作『風の谷のナウシカ』を思い出します。

 これは「火の七日間」と呼ばれる最終戦争から1000年後の世界を舞台にした作品です。

 「火の七日間」は、栄華を極めた人類文明を崩壊させた戦争です。この戦争によって、地球全体に有毒な汚染物質がばら撒かれ、陸地の大部分は菌類の森「腐海」に覆われます。

 腐海は、胞子で繁殖する巨大な植物群からなる樹海で、「瘴気」と呼ばれる毒ガスを発生し、人間がガスマスクなしで腐海に入ると5分で肺が腐ってしまう場所です。

 腐海は巨大生物「蟲(オーム)」に守られ、次第に人間が住む領域を侵食していきます。

 主人公ナウシカの故郷「風の谷」に住む人々は、瘴気と蟲の脅威に怯えながら暮らしていました。             

 映画は、文明が滅びた後の荒廃した世界と、そこで生き延びる人々の姿を赤裸々に描き、「火の7日間」は「核全面戦争」を想起させます。

 そして、猛毒の瘴気を発する「腐海」は、ウクライナ本土とクリミア半島の間に横たわるアゾフ海の干潟をモデルにしていることにも驚かされます。

 ウクライナ領で、今ロシアに支配されているクリミア半島に実在する腐海は、水深が浅く、0.5から1メートルの底に分厚いシルトが堆積しており、夏になると海水が強く熱せられて、腐った酷い悪臭を放つのだそうです。

 腐海はウクライナ戦争を暗示したものだったのでしょうか。

 現実では、ウクライナ戦争以来、プーチンはウクライナで限定的な核使用を行う等と何度も脅かしています。そして、ロシアの強権的な行動は、中共が主張する「武力行使による台湾統一」を誘発する恐れもあり、世界中で警戒感が高まっています。

 もし、台湾有事になった場合、アメリカ、日本もやむを得ず参戦するのか、戦火はどこまで拡大するのか、第三次世界大戦が勃発するのか、核戦争に発展するのか、ということに思い至ると、背筋が寒くなります。

 ナウシカの時代は遠い未来のことではなく、滅びはもう身近に迫ってきているのです。そして、ウクライナ戦争の帰趨如何では、いつ「火の七日間」と呼ばれる最終戦争が勃発しても不思議ではないとすら思いました。

三、アメリカの停戦の仲介外交は成功するか

 ここまで来ると、戦争として対立しているのは、ウクライナとロシアの二か国だけという次元ではなくなります。それは二つの国を破滅させてしまい、さらには、人類自体をも死滅させかねない崩壊が起きる可能性があるのではないでしょうか。

 「戦闘は今すぐ終わらせなければいけない」と、停戦の仲介外交に意欲を見せているのは、アメリカの大統領トランプ氏です。

 2025年1月に発足した第2次トランプ米政権は、ロシアとウクライナの戦争に対する米政府の方針を180度転換し、対ロ融和に舵を切り、停戦交渉の仲介に意欲を示し、ロシアとの直接協議を開始しました。

 トランプ氏はロシアと関係正常化を図る一方、ウクライナのゼレンスキー大統領への非難を強めています。

 そして、ロシアとウクライナの和平交渉をめぐるトランプ政権の一連の言動は、国際社会にも波紋を呼んでいます。

 「民主主義の価値観よりも経済的利益を重視する考えに加え、停戦を何としても実現させたいという功名心の表れだ」、「トランプの政策はロシアに傾斜している」など、批判の声も高まっています。

 実は、トランプ氏の方針は明確です。

 ロシアとウクライナの戦争を速やかに終結させることは、トランプ氏の選挙公約です。早く実現しなければ、彼のアメリカ第一主義も空論となります。最小限のコストで最大の外交的利益を得るのが彼の狙いです。

 アメリカは早くロシアとウクライナの戦争の泥沼から脱出し、アジア太平洋地域における中国共産党の脅威に対する抑止力を強め、ウクライナ戦争が第三次世界大戦の引き金とならないよう、アメリカを再構築する時間を稼ぎたいと考えているのではないかと思われます。

 そして2025年3月25日、ホワイトハウスは、ロシア、ウクライナ両政府との個別協議の成果を発表しました。

 「3か国は黒海での武力行使を排除し、軍事目的での商業船舶の使用を防止することで合意した。ロシア・ウクライナ両首脳が同意していたエネルギー施設への攻撃停止に関し、実施に向けた措置を策定することで一致した」とのことです。

 平和交渉はまだまだ初期段階にあるため、現状では画期的な成果を期待する必要はない、と和平交渉の有効性を疑問視する声も多いようですが、停戦に向けたあらゆる努力を評価すべきではないでしょうか。

 トランプ米大統領は就任演説で、昨年7月の暗殺未遂事件を持ち出し、「米国を再び偉大にするために神に救われた」と述べています。

 トランプ氏の和平交渉を見守りたいと思います。

(文・一心)