中国の歴史に名を残す偉大な芸術家たちの絵画や書や詩歌は、いずれも人間的資質に基づいているため、「人間的な資質が高くなければ、良い絵は書けない」と強調されています。ここでいう「人間的な資質」の深い意味は、中国伝統文化の原点の一つである「天人合一」という概念にあります。
古代の人は、天と人、人と社会、人と自然の間の一体性と協調性を重視しました。つまり、天地、万物、そして儀礼を行動の規範とする人々は完全なる統一体となり、天はこの統一体の主です。人間が「天道」という道徳性を広めることができれば、天道、人間の本性、事物の本性、自然界全体、社会全体を統一することができるということです。例えば、孟子は、人間が本来持っている仁、義、礼、智は心に根ざしており、人間が善の心をもって行動するなら、自分の本性を知ることができ、自分の本性を知る事で天道が尊く善であることがわかり、その結果、人間の本性は天と相通じ、一体となると考えていました①。
この記事では、「天人合一」の思想を貫いた中国伝統文化の芸術家たちとその作品に関する物語をいくつかご紹介します。
絵画における「天人合一」の境地
「天人合一」は数千年にわたり中国歴代の芸術家たちが守り続けてきた美学の原則です。中国の伝統的な文人画家②が追求した「天人合一」とは、バランスと調和を通して、最終的に大自然と人間がそれぞれとして存在しながら一体化した状態になるということです。画家たちがこの理解を絵画という媒介で表現できた時、多くの場合、絵画の技巧などではなく、人の精神的境地を重視しました。例えば、北宋の画家・郭煕(かく・き)によると、山水画の創作にあたり、はっきりとした四季の特徴を把握するのがポイントで、いわゆる「春の山は微笑んでいるように端麗であり、夏の山は水も滴るように青緑色を表す。秋の山はお化粧をしているように澄み切り、冬の山は眠っているように静まり返る③」というように、絵の中の風景や雲霧は、絵の中の人物、さらには画家自身の心身と一体化し、同時に絵を見ている人は心を奪われ我を忘れることさえあるのです。
例えば、南宋の画家の米友仁(べい・ゆうじん)の描いた江南の風景画は、霧や雨の中の大自然の風雅な趣を追求していることが多く、山や樹木、水などは細かくはっきりと描写しませんでした。彼の絵に描かれる山や木は、多くの場合水平な点で描かれ、時には墨線で描き、その後ぼかしの手法で描きました。彼はまず水で濡らした筆で一層塗り、次にその上に焦墨(しょうぼく)をつけた筆でさっと横にずらしていき、これを何往復もします。こうして水と墨の層が重なり合い、互いに浸透し合うことで、力強い自然を描き出し、ぼうっとかすんだ空の果てを効果的に描き、江南水郷の変化に富んだ風景、雨や霧のかかった風景を生き生きと表現しました。
人の品格あってこその絵の品格
中国伝統の絵画の境地は、時空を超えた心情、人と自然が一体化する「天人合一」の世界観に符合していました。そうしてこそ芸術作品の中の高い境地の内包が現われるのです。多くの古代から近代までの中国の有名な画家は、徳を重んじ、心を修める修煉者であり、品格を第一に尊重し、修養を重んじました。言動が正しく善良な人間であったからこそ、真に人を感動させる傑作を生みだすことができたのです。
歴史上の偉大な芸術家たちの「絵の品格」も「書の品格」も「詩の品格」もすべて「人の品格」に基づくため、「人格が高くなければ良い絵を描くことはできない」と強調しました。そのため、絵を学ぶ人はまず人格を重んじなければなりません。人格が高い人は絵に関すること以外でも明るく正しい精神をもっています。さもなければ、観る価値はなく、不正な気風のものとなる傾向があります。
近代の有名な画家、黄賓虹(こう・ひんこう)は、劣った者の描いた絵を「江湖画」と「市井画」と呼び、文人画の高みをめざす者が描いた絵を「学者画」と呼び、「学者画は画風において最高である」と述べました。
では、「学者画」を描ける画家はどのような人なのでしょうか?黄賓虹は、唐宋の賢人の精神を持ち、さまざまな学問的素養を備え、深い水墨画の技巧を持っている人だと考えています。黄賓虹の言う「唐宋の賢人の精神」は、「国を治め、天下を平定する精神」と共に、「道徳を確立し、身を修める精神」、すなわち「崇高な理想を立て、高尚な人格を養い、心に仁慈(思いやり)と友愛を抱き、高雅な性格を鍛える④」ことなどを自分に要求します。
常々「人はまず良い人格を持ってこそ、その後に絵の品格が出るものです。もし人に品格がなければ、良い絵を描くことはできません」と言ったのは、現代画家の李苦禪(りくぜん)です。自身で言ったことは必ず実行した人格者でした。
文化大革命が始まった後、中央美術学院の元教授であった李苦禪は、中央美術学院で最初に公の場で糾弾されました。中央美術学院の私設「小法廷」で、李苦禪は2人の「学生」から10日間以上にわたって殴打され、瀕死の状態に陥りました。しかし、それでも彼は屈しませんでした。中国古典絵画を批判する「黒画批判」キャンペーンの最中、李苦禪は中国古典画家として4度も糾弾されました。「あのガキたちのために五穀豊穣の絵を描いてもいいんじゃないですか。美術館に展示されているものはすべて豊作や大豊作の絵ではありませんか?そんなに難しくありませんよ」と勧められると、李苦禪は失笑しながら「わかりました。それなら私も『良心の大安売り、死人の豊作』というタイトルで描きましょう」と言いました。
「まず人に品格があれば絵に品格がでる。人に品格がなければ品格のある良いものは描けない」これは中国の伝統的な文人にとっての最高の価値観の一つでした。
注:
①孟子曰:「尽其心者、知其性也。知其性、則知天矣(『孟子〈尽心上〉』より)
②文人画家(ぶんじんがか)とは、詩文・書画などに携わる人のこと。
③中国語原文:春山澹治而如笑、夏山蒼翠而如滴、秋山明浄而如妝、冬山惨淡而如睡(『林泉高致』より)
④中国語原文:志於道、據於徳、依於仁、遊於藝。(『論語・述而』より)
(文・戴東尼/翻訳・夜香木)