中国のネット検閲体制が今、かつてない規模で拡大しています。最新の報告書によると、ここ7年間で「ネット言論審査員」と呼ばれる検閲の専門職が173万人も増加しました。今や検閲は政府機関にとどまらず、SNSなどを運営する民間企業にも「自己検閲」が義務づけられています。専門家は、こうした動きの背景には、中国共産党政権の強い不安感があると分析しています。

独裁体制に安心感なし

 アメリカの非営利団体「オープン・テクノロジー・ファンド(Open Technology Fund)」は3月14日、『沈黙の産業:中国で拡大する人工検閲市場(A Silent, Silencing Industry)』と題する最新の報告書を発表しました。報告書によると、2015年から2022年の7年間で、中国企業における「コンテンツ審査」や「コンテンツセキュリティ」、「コンテンツ管理」といったネット検閲に関連する求人件数は173万人分に達しました。

 さらに、中国におけるネット検閲は、もはや政府の内部業務にとどまりません。法律や政策、さらには罰則を通じて、民間企業にも自社が運営するプラットフォーム上でのコンテンツ管理を行うよう要求し、その結果、「言論審査」を担う人材の需要が急速に拡大し、人材市場まで形成されています。

 特にショート動画プラットフォームやSNSの急成長により、企業はリアルタイムの検閲に多くのリソースを投入せざるを得なくなりました。これまで外注や兼業だった言論審査業務は、常設かつ専門職として組織化され、人事評価制度やランク付けまで導入されるようになっています。

 ネット言論審査員の求人広告では、求職者に対し「政治的な敏感さ」「世論リスクへの判断力」「中国の国家情勢と政策への理解」などが求められるほか、シフト勤務や突発的なネット世論対応への協力姿勢を明記するケースも少なくありません。

 台湾国防安全研究院の王綉雯(おう・しゅうぶん)助理研究員は3月20日、海外の中国語メディア『大紀元』の取材に対し、「このような制度化された検閲システムは世界でも類を見ない。中国共産党はネット検閲を一つの産業として発展させた。これは他の独裁政権をはるかにリードするものだ」と語りました。王綉雯氏はまた、「人々がいつ通報され、検閲されるか分からない恐怖の中で、従順に暮らさざるを得ない社会的な雰囲気が作り出されている」と述べています。

 同研究院の沈明室(しん・めいしつ)研究員は、「173万人という数字は確かに衝撃的だが、そのすべてが専任職ではなく、学生や地方政府の職員、軍関係者、共産党関係者などのアルバイトも含まれているのではないか」と分析しています。

 沈明室氏は、「この報告書からもわかるように、外部は中国共産党のネット検閲やサイバーセキュリティ政策に強い関心を持っている」と述べています。中国共産党政権は、いわゆる「海外の敵対勢力」やネット上での世論が自らの独裁体制を脅かすことを極度に恐れており、脅威となりうる言論を徹底的に封じ込めるために膨大な数のネット言論審査員を必要としているのです。

 沈明室氏によると、ネット言論審査員の仕事は、中国共産党にとって不利な情報を審査し、削除することです。習近平氏や中国共産党に対する風刺や批判、さらには暗示的な風刺表現などは投稿するとすぐ削除されます。今までは削除されるだけでしたが、今後は投稿者を特定し、厳しい罰則が科される可能性があります。

独裁体制の維持が最優先

 中国共産党によるネット検閲は、単に個人アカウントの削除やブロックにとどまりません。企業が自社のプラットフォーム上で投稿内容を適切に管理できなかった場合、その代償は非常に大きなものとなります。「オープン・テクノロジー・ファンド」の報告書では、2つの象徴的な事件が紹介されています。

 ひとつは、2016年に新疆ウイグル自治区の官製メディア「無界新聞」が、習近平氏の退陣を求める記事を誤って掲載した事件です。この一件で、編集者や技術スタッフら十数名が拘束され、最終的に会社は閉鎖に追い込まれました。

 もうひとつは、2017年、北京市のシェアサイクル企業「小藍単車(ブルー・ゴー・ゴー)」が実施したプロモーションです。プロモーションのキャッチコピーは「自転車と戦車は相性がいい」というものでしたが、1989年の「天安門事件」を想起させるものとして、中国共産党の政治的タブーに触れてしまいました。企業は即座に当局の調査対象となり、投資の引き上げなどにより最終的に破産に追い込まれました。

 沈明室氏は、「中国共産党は『総体国家安全観』を掲げているが、実のところ『政治的安全』、すなわち中国共産党の政権維持を最優先にしているのだ」と指摘しています。そして、「中国共産党の政権維持という最優先目標を達成できるならば、たとえ国民の命を犠牲にしても構わないという姿勢が貫かれている」と強調しました。

 沈明室氏はさらに、「1989年の天安門事件でも、1959年から1961年にかけての大飢饉でも、多くの命が失われた。しかし中国共産党は自らの政権を守るために、こうした歴史を隠蔽し、なかったことにしてしまうのだ」と指摘しました。

中国共産党の政策、有効性はどれほどか

 「オープン・テクノロジー・ファンド」が発表した最新の報告書では、中国のネット検閲市場でのプレイヤーを4つに分類しています。

 第一のプレイヤーは、ニュースメディアやSNSなど、いわゆる伝統的なコンテンツ産業です。これらの産業は多くの審査員を必要としています。

 第二は、ECサイトや大手企業のマーケティング部門などで、主に副業や短時間労働が可能な審査業務が行われています。

 第三は、大量の人材を抱える外注型の人材派遣企業です。

 そして最後に挙げられるのは、ネット言論審査員の研修・指導や監督を担う中国共産党直轄の国営メディアや関連組織です。

 王綉雯氏は、中国共産党は軍や官僚機構、共産党組織を動員して、社会全体の世論を押さえつけています。さらに、企業にも検閲体制への参加を半ば強制することで、人々の言論や表現の自由を完全に封じ込む狙いがあると考えています。

 一方、沈明室氏は、長期的に見て大規模なネット検閲は、中国共産党政権が期待するような効果を発揮できないと指摘しています。「人々が抑圧に苦しむ中で、わずかでも突破口が見つかれば、それは『着火剤』になり、抵抗運動が一気に燃え広がる可能性がある」とし、「小さなきっかけが、やがて大きな連鎖反応を引き起こし、中国共産党の体制を大きく揺るがす可能性がある」と述べています。

 沈明室氏は最後に、「中国共産党が最も恐れているのは、実は外部からの批判の声ではなく、内部の統制システムに綻びが生じることだ。もし、ネット検閲を担うネット言論審査員たちが、体制に背を向けたり、内部情報をわざと漏洩するようなことが起これば、それは中国共産党当局にとって最も予測不能で危険な事態となるだろう」と語りました。

(翻訳・唐木 衛)