呂布と貂蝉(ネットより)

 貂蟬(ちょうせん)は中国四大美女(西施、王昭君、楊貴妃、貂蟬)の中で唯一正史に登場していない人物です。彼女に関する伝説は中国明の時代に書かれた小説『三国志演義』に由来します。 

 『三国志演義』の中では、貂蟬は暴君董卓と猛将呂布の関係を悪化させるための策略「美人連環の計」を成功に導いた主人公として描かれています。

 『三国志演義』は、日本でも人気が高く、広く読まれており、貂蟬ファンも多いとのことです。

一、『美女連環の計』のあらすじ

 約2000年前の漢王朝の最末期に、董卓(とうたく)という横暴な武将が宮廷の実権を握っていました。董卓は若い皇帝の権力を奪い、悪逆非道の限りを尽くし、自分に逆らう者がいれば、立ちどころに処刑してしまう人でした。

 董卓には、呂布(りょふ)という養子がいました。呂布は古今無双の武将で、董卓の恐怖政権を支え、董卓を護衛していました。

 董卓の独裁政権は混迷を極め、漢王朝は崩壊の瀬戸際に立たされていました。       

絶世の美女 貂蟬(夢子/大紀元)

 忠臣の王允(おういん)は、朝廷を牛耳る董卓の横暴を目の当たりにして、政権を憂慮し、討伐の機を伺がっていました。苦慮の末、王允は美女を使って、敵を陥れる「美人の計」と、仲を裂く「離間の計」の二つの策略、いわゆる「連環の計」を企てたのです。

 この危険かつ至難の任務を引き受けたのは、王允の16歳の養女貂蟬でした。貂蟬は美しいだけではなく、男顔負けの度胸も持っていました。

 王允は貂蝉をまず呂布に引き合わせ、呂布に嫁ぐ約束をする一方、さらに貂蝉を董卓にも会わせ、董卓に嫁がせました。貂蟬の美しさに心奪われた呂布は、義父の董卓が貂蝉を得たことを知って激怒します。その後、貂蟬は董卓と呂布の間で巧みに立ち回り、両者の関係をさらに悪化させます。その隙を見た王允は、呂布に「董卓を倒そう」とそそのかし、董卓を討つ決意を固めさせます。ついに、呂布は謀反し、董卓を殺害してしまうという筋書きです。

 貂蟬は危険を冒してまで王允との約束を最後まで守り、使命を全うする心の支えは何だったのでしょうか?そして、最強のコンビだった董卓と呂布の間に軋轢が生じ、殺し合う仲になってしまった理由は何だったのでしょうか?

 それらの要因を掘り下げると、そこには、二組の「義理の親子」、つまり「王允と貂蟬」対「董卓と呂布」の構図が浮き彫りになります。

二、二組の「義理の親子」の対決

1)王允と貂蟬

 王允は後漢王朝の最高職の一つ、司徒(しと)を務めていました。王允は誠実で心が優しく、市で売られていた孤児(後の貂蟬)を引き取り、実の娘のように諸芸を学ばせて育てました。

 一方、養女として育てられ、美しい女性に成長した貂蝉は、養父の恩に何とか報いることができればと日頃考えていました。

 ある日の夜、王允は国のことが心配で眠れず、暴君を排除する術はないかと考えながら散歩に出かけたところ、中庭で貂蝉が月を眺めていました。月光に照らされた美しい貂蝉の姿を見て、王允は、突然アイデアが浮かびました。『兵法三十六計』の敗戦計に「美人の計」という敵に美女を献上する戦略があったではないか、と思いついたのです。

 そこで、王允は目に涙を浮かべて、16歳の娘の前にひざまずき、自分の策略を打ち明けました。

 残忍な董卓を相手にすることは、虎穴に入るようなもので、いつ命が危険にさらされるか分からないことを貂蟬は理解していました。しかし、義父に恩返しするため、貂蝉は勇敢にも王允の任務を承諾したのです。

 貂蟬の心の底には、義父を思う「孝」と、国を憂う「義」といった信念が植え付けられていたからです。

貂蝉と王允(『古今百美図』)(パブリック・ドメイン)

2)董卓と呂布

 董卓は残忍かつ狡猾な性格の持ち主です。彼は権勢を握り、専横な振る舞いを続けていました。

 一方、董卓の養子である呂布は、三国志の中でも最強の武将だと言われ、劉備、関羽、張飛の三人が一緒にかかっても打ち負かすことができなかったほどでした。

 しかし、呂布は誠実さに欠け、目先の欲に動く人でした。

 呂布はもともと并州刺史の丁原(ていげん)の養子でしたが、名馬・赤兎馬(せきとば)に心奪われて義父を裏切り殺害しました。

 そして今度は日和見的に董卓の養子になったのです。

 権力と欲望で結ばれた二人なのでした。

貂蝉に密会しようとして董卓に追い返される呂布(パブリック・ドメイン)

 貂蟬に溺れた二人は、次第に関係が険悪になります。

 ある日、呂布は貂蝉に密会しようとした時、董卓が部屋に戻り、呂布がいることに気づき、激怒し、呂布の「天矛」を奪い、呂布を刺し殺そうとしました。呂布は逃げ出しましたが、 その後、二人は互いに疑心暗鬼になり、反目し合いました。

 結果、絶大な権力を持っていた董卓は、護衛してくれるはずの義子によって滅ぼされ、呂布も抜群の武勇を誇る一方、二度の義父殺しで裏切り者の汚名を残しました。

まとめ

 貂蟬は美しいだけではなく、大義のために命を賭け、董卓の悪政を倒すことに尽力しました。貂蟬は感動的なヒロインとして、何千年もの間、人々に愛され続け、彼女の勇気、智慧、正義感は時代を超えて讃えられてきました。

 そして、貂蟬が示してくれた永遠不変の真理――権力や欲望で結ばれた関係は一時的に強固に見えても、「忠」、「義」、「孝」といった価値観で結ばれた絆には勝てないことも、多くの逆境に立ち向かう人々に勇気を与え続けています。

(文・一心)