近年、中国では多くの民営歯科医院が相次いで閉鎖してきました。最近では、有名な歯科チェーン「フォスマン(福斯曼)」が全国各地で店舗を閉め、従業員の給与未払い問題や患者の治療中断といったトラブルが相次いでいます。これにより、民営歯科業界全体が抱える深刻な危機が改めて浮き彫りになりました。
『21世紀経済報道』や『極目新聞』によると、2025年2月7日、広州市にあるフォスマンは、長期の家賃滞納が原因で賃貸契約を解除され即日閉鎖となりました。従業員は立ち入り禁止となり、多数の患者へ「診療中止」の通知が送られました。ある患者は「約6万元を支払い矯正治療が中盤から後期に差し掛かったところで、突然閉鎖された。治療が続けられなくなった」と証言しています。
成都市のフォスマンでは長期間の給与未払いを理由に従業員がストライキを行い、歯科医院が閉院しました。さらに、上海、深圳、北京、武漢、西安など複数都市でも患者から「歯科医院が閉院され、医師と連絡が取れない。再診ができない」との訴えが相次ぎました。患者グループの調査では、広州だけで200名以上、上海では5000名以上が、フォスマンの突然の倒産の影響を受けました。 北京、深圳、成都、武漢、西安などでも数千人規模の患者が返金や代たい治療を求めて混乱状態に陥っています。
こうした事態を受け、フォスマンの創業者である徐志岩(じょしがん)氏は「数日以内に資金不足を解消する予定で、9割の患者に対しては既にきちんと対処できている」と声明を出しました。しかし、フォスマンが提示した「患者安置策」に対しては依然として懸念の声が上がっています。前払い済みの患者に追加の自己負担を求めた上で他の医療機関へ転院させる方針であるにもかかわらず、その具体的な受け入れ先や費用負担の説明が不十分だからです。ある患者は「これまで支払った高額治療費が無駄になるのでは」と疑問を呈しています。2024年6月に矯正プランを契約し、2万800元を全額支払ったある患者は「本来なら5年間の無料矯正や3年半の定期検診を受けられるはずだったのに、一方的に中断されてしまい、被害が大きい」と訴えています。フォスマン側は「転院策に同意しない場合は、自力で対処してもらうしかない」という姿勢を示しており、大きな波紋を呼んでいます。
フォスマンの経営破綻は決して例外ではありません。ここ数年、中国各地の民営歯科機関が相次いで倒産し、業界全体を揺るがす事態が続いています。『南方網』によれば、2023年に広州のある歯科チェーンが資金繰りに行き詰まり全店舗を閉鎖し、数千人もの患者が治療を中断せざるを得なくなりました。天津では、約10年間営業を続けていた歯科クリニックの責任者が失踪し、従業員・患者ともに救済策が見つからないまま取り残されています。
さらに同じ2023年の7月には、武漢の九州牙管家歯科医院が突然の閉院を発表し、約500名の患者に被害が及びました。続く8月には、上海の鼎植口腔が複数店舗を同時に閉鎖し、大量の返金トラブルや従業員の給与未払い問題を引き起こしています。2024年1月には成都の科瓦口腔が倒産を宣言し、間もなくして優貝口腔)の複数店舗も休業。一連の経営者失踪により、全国各地で多くの被害者が生まれている状況です。2024年7月には業界大手の泰康博拜が多数の店舗を売りに出して存続を図り、12月には成都武侯熊猫口腔の責任者が資金を持ち逃げ。数百人の従業員への4カ月分の給与が未払いになっただけでなく、前払いしていた患者の治療継続も断たれてしまいました。診療所の前には救済を求める被害者が後を絶たない状況です。
専門家の推計では、2024年の中国における歯科クリニックの倒産率は30%にまで上昇しているといわれます。かつては「白酒」「メガネ」と並ぶ“三大超高収益業界”と呼ばれ、最盛期には民営歯科医院が市場の9割以上を占め、利益率は70%に達していました。しかしここ数年、政策の変化や激しい競争環境によって、この“超高収益の神話”は崩れつつあります。フロスト&サリバン社のデータによると、2023年時点で中国には10万2400軒の歯科医療機関があり、そのうち民営機関は92.48%を占めるそうです。
業界が直面している要因として、まず政策面での打撃が挙げられます。2023年末、中国の国家医療保障局は全国規模の歯科インプラント集中調達政策を実施しました。その結果、インプラントの価格は平均で55%以上下落し、インプラント事業全体の利益が約60%も減少したと報じられています。これにより民営歯科クリニックの主要な収益源が激減し、経営に深刻なダメージを与えました。
さらに、運営コストの上昇も歯科医院を圧迫しています。輸入医療機器の導入費や高額な人件費(高給での医師雇用)、年々上がるテナント料や広告宣伝費などにより、利幅はますます縮小しているのです。一部の歯科医院は急激な事業拡大のため融資に大きく依存しており、資金繰りが一度でも行き詰まると、一気に経営破綻に至るリスクが高まっています。
また、無計画な資本流入によって歯科市場が急速に飽和したことも、業界の危機を加速させました。大量の投資を背景に、短期間で歯科クリニックの数が爆発的に増え、市場は供給過多の状態に陥ったのです。激しい価格競争が起こり、本来すでに低下しつつあった利益率をさらに押し下げました。加えて、業界内では不透明な追加料金や誇大広告などの問題が相次ぎ、消費者の信頼を損ねる要因となっています。
こうした状況を一段と深刻化させているのが、長期治療と前払い方式の組み合わせです。歯科治療は時間がかかるため、高額治療費をあらかじめ一括で受け取るケースが一般的ですが、ずさんな資金管理や無計画な拡張を行う経営者の下では、経営が悪化した時に患者への返金や治療の継続が困難になるリスクが高まります。実際に倒産すれば、多額の費用を払いながら救済策がないまま取り残される患者が大勢生まれてしまうのです。
広州市海珠区で歯科クリニックを経営する姜さんは、相次ぐ業界の破綻について「無秩序な拡大や資本による利益追求の結果であると同時に、業界の監督システムが不在であることも大きな要因だ」と指摘しています。業界の資格認定制度を早急に厳格化し、資金の運用や経営状況を監視する仕組みを作ること、さらに前払い方式に伴うリスクを管理するルールを強化すべきだと提言しています。
フォスマン歯科の経営破綻は、一企業だけの問題ではなく、中国の民営歯科業界全体が抱える構造的問題を浮き彫りにしました。
(翻訳・吉原木子)