(pxhere, CC0)

 絶賛開催中の2025年の神韻芸術団の巡回公演の中に、舞踊劇『正覚』という演目があります。罪を贖い改心したい一念で、元戦士が寺院に入り、俗世間への一切の執着を断ち切ります。美しいもの、情を刺激するもの、地位と名誉など、様々な誘惑を前に彼は耐え抜きました。揺るぎない信仰心と明鏡止水の心境に達した彼は、修練の道の最後にどんな栄光に浴するのでしょうか――。
 神韻芸術団の演者たちの優れた演技力に、世界中の観客が感動したと同時に、僧侶になった元戦士が持つ強い意志力に深く感心しています。
 このような「お寺」と「武術」にまつわる物語は、古代中国では数多く存在し、語り継がれています。今回は清王朝期の著書『清稗類抄』に記載されている武芸に長ける僧侶の不思議な物語をご紹介します。

先の長い武芸への追求

 時は清王朝期、乾隆帝の治世。河間(かかん、現在の河北省滄州市轄)という郡に戚(せき)という農家がありました。その家の長男は小さい頃から痩せ気味で力が弱かったのです。友達と遊ぶ時に、弱い体でいつも損してばかりだと悔しがり、戚くんは武術を学ぼう、武術を学んで体を強くしたいと決心しました。
 戚くんの住む河間郡は「武術の里」として有名で、多くの優れた武術家を輩出しました。そこで戚くんも武術家に師事し武術を学び始めました。数年後、成人した戚くんは強い体を手に入れただけでなく、拳の技で街でも有名になったのです。
 そんなある日、戚くんは道端で托鉢している行脚僧に出会いました。自分の武術に自信がついた戚くんは、その行脚僧の鉢を蹴散らした上で、「なんで避けてくれないんだよ」と嫌がらせまでしたのです。ところが、戚くんの嫌がらせに、行脚僧は全く動じることなく、ただ微笑んでいました。逆鱗に触れられた戚くんは怒り心頭に発し、拳を上げて行脚僧に攻めようとしましたが、その行脚僧は微動だにしなかったばかりか、戚くん自身が攻めの勢いで数歩先の地面に倒れてしまったのです。
 「なにこれ?」
 武術を学んでから初めての「負け」に、戚くんは自分の武術の浅はかさを痛感しました。戚くんは行脚僧に陳謝して、より深い武術を求めて、故郷を去り、行脚僧がいた「少林寺(河南省登封市)」まで旅に出ました。

「これって限界?」

 少林寺で武術を研鑽して数年。戚くんはもう少し自信がついたと感じ、少林寺を去り、再び旅に出ました。ある日、戚くんは、素手でクマの首をへし折った男を目撃しました。驚きながら、戚くんはその男に挑んでみましたが、瞬く間に相手に川の中に投げ込まれてしまいました。戚くんは自分の力不足を感じ、少林寺に戻り、武術の先生に教えを請いました。そこで、先生は戚くんにこのように語りました。
 「力っていうのは、生まれつきで持つ人もいれば、努力を重ねて持つようになった人もいる。わしがお前に教えたのは、千斤(500kg)の物も持てる力で、それが努力を重ねて持てる最大の力だ。これ以上の豪力、例えば古人の言による『山を抜きとり鼎を扛(かつ)ぐ』ようなことは、どれだけ努力を重ねても手に入らない、生まれつきの豪力者しかできないのだ」
 「なにそれ」と、戚くんは眉間にしわを寄せながら「今が限界なんっすか?本当にどうしようもないっすか?」と聞きました。
 すると先生は「時に、鍛錬だけでなく、何かを食べてその力を手に入れるということをどこかで聞いていたが、わしはそのようなことはできん。もしお前が、どうしてもそのような力が欲しいのであれば、旅に出て山川を遍歴してみよ。もしかしたら、その方法を知っている異人に出会えるかもしれんな」と語りました。
 先生の言葉を聞いて、戚くんは決意を新たにして、再び旅に出たのです。

『異人』の教え

 今回、少林寺を後にした戚くんは、襄、漢(現在の湖北省襄阳市一帯)から下り、夔巫(現在の重慶市一帯)まで行き、そこから衡湘(現在の湖北省衡陽市一帯)と九嶷(現在の湖南省永州市一帯)を過ぎ、羅浮山(現在の廣東省惠州市一帯)を通り、滇(雲南)黔(貴州)と巴蜀(四川)を遍歴しました。長い長い旅をしたとしても、戚くんは先生が言った『異人』に出会うことはありませんでした。
 そこで、隴右(隴山の西)を経て甘州(現在の甘肅省一帯)に着くと、大青山の山中に神の力を持つラマがいて、宮殿の何十人もの衛兵を相手にしても、その全員を赤ちゃんのように素手で持ち上げて倒したと聞きました。すると戚くんはそのラマを訪ねました。
 思ったのと違い、そのラマは素朴な風貌の老人で、歩く時は今にも転びそうな感じで足を引きずっていました。首を傾げる戚くんに対して、ラマは「私はこの身に余る力で、しばしば問題を起こしてしまったので、病人を装うしかできず、とても困っているのに、あなたはなぜこのような力が欲しいのでしょうか」と聞きました。
 すると戚くんは「私は力が欲しくて、千の山と川を越えて、ようやくあなたに出会ったのです。ぜひその力を拝見させて頂き、そして伝授して頂きたいのです。これがかなうのであれば、私は今ここで死んでも悔いはしません!」と話しました。
 戚くんの決意に負けて、ラマは立ち上がりました。今回、ラマは足を引きずることなく普通に歩いていましたが、ラマの足が踏んだ石の床は悉く粉砕しました。ラマはまた石の壁を指で軽く叩いたら、砂を錐で割ったように、壁に穴が深く開いてしまったのです。
 「なにこれ!」
 大変驚いた戚くんは、ますますラマを師事したくなりました。するとラマは山の下にある芝生に指をさし、その草を引き抜いて二十一日連続で服用しながら厳しく禁欲をするようにと戚くんに教えました。戚くんはラマの言葉通りにしたら、身体が鉄のように硬くなり、全身が炎で焼かれたような痛みを感じましたが、数日後に回復しました。

世離れした怪力

 二十一日が過ぎ、力がついたと感じた戚くんはラマに別れを告げて、故郷に帰ります。道中、背中のかゆみを感じた戚くんは手で搔こうとすると、着ていた服が紙くずのように千切れてしまいました。ロバを借りて乗ろうとしましたが、戚くんは両足に少し力を入れただけで、ロバははさみで切られたように真っ二つになってしまいました。ロバの持ち主が怒って弁償を求めようとしましたが、謝ろうとする戚くんは手を挙げただけで、ロバの持ち主がその勢いで十丈(約33m)の先まで飛ばされてしまい、周りの人たちが怖くて近づけませんでした。戚くんが歩いた道では木も石もすべて砕け、使っていた食器などもすべて砕け、持っている服も全部ボロボロに破れてしまいました。
 戚くんはようやく、ラマの話を受け入れなかったことを後悔し始めました。
 家についた戚くんは、扉を叩いただけで、扉と壁が崩壊してしまいました。家族を傷つけたくない戚くんは、驚いて震えている家族と距離を置いて事情を説明し、ひとりで泊まれる部屋を用意してもらいました。ところが、戚くんが寝返りを打っただけで、寝床が崩壊してしまいました。
 「なに…これ?」
 翌朝、戚くんは涙しながら家族と別れを告げて、大青山に向かいました。数年たっても家に帰ってくることがなかったので、戚くんの息子は大青山に行って父を探してみましたが、戚くんがすでにラマになり、力を教えてくれたラマと共に世離れした生活をして暮らしていたのです。身に付いた怪力を捨てることもできないから、普通の生活には戻れないと戚くんは悟り、戚くんの息子も一人で家に帰ることしかできませんでした――。

 「武術の里」出身の貧弱の男が異人に出会い怪力を手に入れましたが、その怪力のせいで普通の生活に戻れず、俗世間に居場所がなくなり、山の中でしか暮らせなくなりました。まるで神話のようでとても不思議なこの物語は、清王朝期の著書『清稗類鈔・技勇類<戚某為力所苦>』に記載されました。これを読んだ読者たちは、世離れした怪力に思いを馳せながら、千の山を越えても力が欲しい戚くんの意志力に感心せざるを得ませんでした。

 2025年の神韻芸術団の巡回公演の中の舞踊劇『正覚』という演目でも、強い意志力を持つ僧侶が描かれています。その意志力をもって、僧侶はどのような結末を迎えるのでしょうか?

 これから2025年2月9日まで、名古屋、京都、西宮、堺、大宮、東京(渋谷・八王子・文京・上野)、大阪の12カ所で公演を行います。神韻でしか観られない舞踊と生演奏のオーケストラの饗宴という特別な体験を、劇場でお楽しみください。

(翻訳編集・常夏)

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