中国経済の低迷が続き、地方政府の財政赤字が深刻化するなか、中国警察による恣意的な法執行が相次いでいます。罰金や没収された財産を給料の代わりにするケースや、遠隔地の企業の社長を拘束して「身代金(読み:みのしろきん)」を要求する「遠洋漁獲」事件が多数発生しています。
民間企業への略奪行為
いわゆる「遠洋漁獲」とは、地方警察が資金不足を解消するために、他の省に出向いて企業家を拘束し、企業や個人の財産を没収する行為を指します。
その際の手口としては、まず、捜査段階で強制的に企業の財産を差し押さえ、凍結します。その後、企業の経営者や幹部を逮捕し、脅迫やその他の高圧的な手段を使い、精神的に追い詰めます。そして、刑罰を免除する代わりに巨額な資金を納付させます。
ニューヨーク市立大学の客員教授である滕彪(とうひょう)氏は、アメリカ政府系メディア『ボイス・オブ・アメリカ(VOA)』のインタビューに対し、「『遠洋漁獲』という言葉は軽すぎて誤解を招く。実態は、政府による民間企業の強奪だ」と指摘しました。
滕彪氏は「遠洋漁獲」が横行している背景について次のように分析しています。
「この現象は中国の財政が悪化していることと深く関係している。以前は土地を売ることで財政を補填してきたが、今では通用しなくなり、そもそも売る土地もなくなってきた。経済が停滞し、地方政府の財政状況も火の車だ。これが『遠洋漁獲』の発生原因といえるだろう」
イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』は2024年12月28日の報道で、中国の証券監督当局が上場企業に対し、主要株主や取締役、CEOそして企業幹部らが警察に拘束されている状況について報告を求めたと伝えました。同紙が集計したデータによると、2024年には上場企業幹部が拘束される事件が合計82件発生しています。そして、そのうちの約半数が「遠洋漁獲」によるものと判明しました。このデータからも、全国的な規模で企業幹部がターゲットにされていることがわかります。
盗賊に成り下がる中国警察
2024年4月15日に発表された広東省政府の内部資料によると、広東省のインターネット企業はしばしば他の地方当局による利益追求型の法執行のターゲットにされており、企業の存続が危ぶまれるケースもあるとのことです。なかでも、深センや広州、東莞などの珠江デルタ地域の都市は、こうした域外法執行の多発地帯となっており、広州市だけでも2023年以降、約1万社の企業が被害を受けたとのことです。その多くは民営企業であり、当局の行為は金銭目的であることが明白とのことです。
中国メディア『華夏時報』の2024年10月16日付の報道では、具体的な「遠洋漁獲」の事例が紹介されていました。一つ目は、重慶市の警察が大規模な域外法執行を行った事例です。
報道によると、重慶市のある公安局は、地元住民が購入した商品の効果がないとの通報を受けただけで「詐欺罪」として立件し、捜査活動を開始しました。その結果、300人以上の警察官を動員し、浙江省杭州市で当該商品の製造会社の職員155人を逮捕しました。事件の「被害額」は2億元(約43億円)とされています。
また、広東壹健康グループは2022年に売上高が24億元(約520億円)を超え、2023年6月には香港市場への上場申請を提出していました。しかし、同年10月に河南省の警察が「詐欺罪」を理由に1,600人以上の警察官を動員してこの企業を捜査しました。捜査当局はグループ傘下の64の銀行口座を凍結しました。その結果、上場計画は白紙に戻り、事業活動も麻痺しました。
報道では、中国のとある匿名の投資家の話も引用しています。その投資家の話によると、一部の地方政府は罰金を徴収する目的で地元住民の資産状況を調査しており、裕福な住民を発見するとピックアップして、その後その人物が地元の法令に違反したとする口実を作り、罰金を徴収しているとのことです。
警察がボディーガード業
中国の地方当局による「遠洋漁獲」が横行する中、上海市では警察が地元企業を守るために「保護的逮捕」というサービスを提供しているとの情報が、インターネット上で拡散されています。
上海の情報筋によると、ネット娯楽事業を手掛ける上海比心ネットワークテクノロジー有限公司の経営者が、湖南省の警察による「遠洋漁獲」の対象となり、いまだ釈放されていません。この事件では、同社の4億元(約86億円)の資金が凍結されました。このような事態を受けて、上海市警察は全市の警察官に対して、他地域の警察が上海で「遠洋漁獲」を行うことを防ぐための特別な訓練を実施したとのことです。
さらに、スマートフォンアプリの開発元として知られる上海竟躍(読み:きょうやく)ネットワークテクノロジー有限公司に関しても、地元警察が特別な配慮をしているとのことです。地元警察は、他地域の警察が逮捕に来ても応じないよう強く注意を促し、24時間対応可能な専用の通報窓口を提供しました。さらに、もし異変があればすぐに電話するよう指示し、「地元警察が先に逮捕する」という形で保護を提供しているとされています。これがいわゆる「保護的逮捕」です。
この情報を知った中国のネットユーザーたちは、次々と皮肉を込めたコメントを投稿しました。
「もう企業家全員を地元の公安局で仕事させたらどうか」
「まるで軍閥同士の内紛みたいだな」
また、実際の体験談と思われる投稿も見られました。
「2022年の夏、コロナ禍の中で、開封市公安局が私の会社の銀行口座を凍結した。口座には400万元(約8,600万円)が入っていた。マネーロンダリングの疑いがあるとのことだったので、私はすぐに開封市公安局に行った。警察官らは、『10万元(約215万円)を払えば口座の凍結を解除する』とはっきり言った。もう本当に笑うしかない」
遠洋漁獲を黙認する中国共産党
中国財政部の公式データによると、2024年1月から9月の間に、全国の税収は前年比5.3%減少し、国有土地使用権の譲渡収入も24.6%減少しました。一方で、罰金を主な収入源とする非税金収入は13.5%増加しています。
2024年10月8日、中国の李強首相は会議で「違法な域外法執行や利益目的の法執行を禁止すべきだ」と強調しました。
このような現状に対し、アメリカ在住の経済学者である黄大衛氏は次のように語っています。
「中国共産党の最高指導部もこの問題を認識している。しかし、中国共産党の政策を地方政府に貫徹させ、そして地方の安定維持を警察に委ねている以上、地方政府や地方警察を厳しく管理することは不可能だ」。
アメリカ在住の人権弁護士・呉紹平氏は、「遠洋漁獲」を行った警察官は財政収入をもたらしたとして上層部から評価されるため、各地の警察に「遠洋漁獲」を行うインセンティブをもたらしていると指摘しました。今の混乱した現状こそ、中国共産党が警察の違法行為を黙認した結果だと強調しました。そして、習近平政権が警察の権力を拡大させ続けているのは、違法行為を取り締まるためではなく、警察国家を作り恐怖で民衆を支配するためだと述べました。
呉紹平氏はまた、「警察がお金を稼げなくなれば、中国共産党のために働くことをやめるだろう。そのような現象は中国共産党の崩壊を早めることになる。そのため、中国共産党は地方警察の違法行為を黙認することで、政権の安定を維持していると言える」と指摘しました。
(翻訳・唐木 衛)