政府が豚肉を大量購入
毎年11月から翌年1月にかけて、中国では人々がハムや干し肉を作るため、豚肉の需要が最も高まるシーズンとなります。ところが、2024年では11月に入っても豚肉の価格が低迷したままで、数百万もの養豚業者が苦境に立たされています。
豚肉の価格は、中国の消費者物価指数(CPI)において大きなウェイトを占めています。そのため、豚肉相場が下落し続ければ中国経済のデフレ圧力を一層強める恐れがあり、企業経営者の心理に大きな影響を及ぼす可能性があります。こうした状況を食い止めるため、中国国務院は 2024年11月24日に通知を出し、 2024年で3回目となる豚肉の買い上げを行う方針を打ち出しました。その目的は、豚肉価格の回復を図ることにあります。中国当局の市場介入の影響で昨年7月には一時的に豚肉の相場が上向きましたが、8月初めからは再び値下がりが続いています。
未曾有の暴落の波
豚肉価格の下落と呼応するかのように、中国では最近、複数の大都市で商業店舗の賃料が暴落しています。店舗の賃料は商店の売上高と密接に関係しています。高い売上を上げる店舗は、往々にして都市の繁華街に位置しているため、家賃も高額になりがちです。つまり、ある都市で店舗の賃料が軒並み急落しているということは、その都市の消費力が萎縮している証拠になります。
金融データおよび情報サービスを提供する中国企業Wind社が最近公表した資料では、全国の32都市について分析を行っています。2024年と2021年のデータを比較した際には、32都市のうち24都市で店舗の賃料が下落率10%を超えました。その中には、北京、上海、広州、深圳という4つの一線都市も含まれており、特に上海では24.1%という大幅な下落が見られました。これらのデータは、中国の大都市における消費力が急速に低下していることを示しています。
政府の失策
豚肉価格や店舗の賃料下落は、中国経済が落ち込んでいる一側面にすぎません。平均物価指数が下がり続けている現状から見ても、中国経済は本格的なデフレに突入したと言えます。
ロイター通信が2024年12月9日に報じたところによると、中国の昨年11月の消費者物価指数(CPI)は5カ月ぶりの低水準となりました。生産者物価指数(PPI)は2年連続で縮小局面にあり、上昇の兆しはほとんど見られません。
現在、中国の平均物価指数は6四半期連続で低下しており、これは1990年代末のアジア通貨危機以来、最も長期にわたる下落局面となっています。過剰な生産能力と消費の落ち込みが物価を押し下げ、デフレ圧力を日増しに強めている状況です。
中国政府は、銀行金利の引き下げや財政支出の拡大、融資枠の増額など、複数の景気刺激策を打ち出し、地方政府の債務負担を緩和しようとしてきました。しかし、こうした政策の効果は限定的です。
一つには、それらの施策の主目的が金融リスクの回避であり、消費拡大の効果は限定的であることです。もう一つには、中国政府が製造業やハイテク産業に対して融資や補助金を投入し続けていることが、かえって過剰な生産能力を助長し、物価下落をさらに進行させる要因となっていることが挙げられます。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、中国の製紙業大手の一つである山東晨鳴紙業(さんとうちんめいしぎょう)は、過剰生産への対応策として値下げ戦略を取ったものの、逆に損失が拡大し、2024年11月時点で支払い期限を過ぎた債務が2.5億ドル(約395億円)に達しました。そのため山東晨鳴紙業は債権者から訴訟を起こされ、一部の銀行口座は凍結されました。山東晨鳴紙業の苦境は、中国企業がデフレ圧力に直面している事例の氷山の一角にすぎません。
2024年前半を区切りとして見ると、不動産業と製造業が最も価格の下落が大きい産業となっており、自動車やガソリンの価格も下落傾向にあります。特に自動車市場では値下げ競争が一段と激化し、最近はBYDが部品サプライヤーに値下げを要求したことが大きな注目を集めました。NIO(蔚来汽車)のCEOである李斌氏は、中国のガソリン車メーカーが持続不可能な悪質な値下げ合戦に突入していると指摘しました。しかし、中国の自動車生産台数は依然として増え続けています。
デフレスパイラルに陥る恐れ
デフレーションとは、経済全体で商品やサービスの価格が下落し続ける状況を指します。新型コロナウイルスのパンデミックが落ち着いた後、アメリカや台湾などの地域では「報復的消費」とも呼ばれる消費の爆発が起きました。抑え込まれていた需要が一気に表面化したうえ、多くの商品の供給不足も重なり、物価の急上昇、いわゆるインフレーションを引き起こしています。しかし、このような現象は中国では起きませんでした。
中国では不動産市場の低迷により資産価値が目減りし、さらに中国共産党がハイテク産業や金融産業などの高所得業界への規制を強化したため、リストラや減給が相次ぎ、消費意欲が大きく落ち込みました。その一方で、当局は依然として「新質生産力」を押し進めようとしています。製造業やハイテク製品の生産量が増加しているものの、肝心の需要が低迷しているため、企業はやむなく値下げに踏み切っています。
一見すると、商品の値下げは消費者にとって朗報のように思えますが、多くの中国人は十分な購買力を持っていないうえ、今後さらに値下がりするのではないかという予想も働いています。さらに、中国共産党の政策にも不信感を抱いているため、できるだけ消費を先送りにしようとしています。
こうした状況は経済活動をさらに冷え込ませ、企業の経営を圧迫し、リストラや減給を招きます。その結果、人々の消費支出は一層落ち込み、物価が一段と下がってしまうという悪循環に陥っています。
国際的なプレッシャーも、このデフレ状況に追い打ちをかける可能性があります。もしトランプ大統領が就任後、中国からの輸入品に60%の関税を課すとすれば、中国製品がアメリカ市場へ輸出しにくくなり、中国国内に行き場を失った商品の在庫が積み上がり、価格がさらに下落することになるでしょう。
中国政府はこのデフレ問題を解決できるのでしょうか。コーネル大学で貿易政策と経済学を教え、かつて国際通貨基金(IMF)の中国担当を務めたエスワル・プラサド氏は、「デフレが長引けば長引くほど、人々の経済に対する悲観的な見通しは強まり、景気刺激策の効果はますます上がりにくくなる」と指摘しています。
(翻訳・唐木 衛)