最近、中国のデリバリー配達員の間で、「注文争奪ツール(中国語:搶單外挂)」と呼ばれるスマートフォンアプリが急速に広がっています。このツールを使用すると、1日に10件以上の注文を追加で受けられ、100元(約2100円)以上の収入増が期待できるとのことです。しかし、この手法はデリバリープラットフォームや消費者、他の配達員の利益を損ない、市場秩序を乱すものとして問題視されています。

デリバリー配達員の競争圧力

 中国総工会の2023年の統計によると、中国には現在、1300万人ものデリバリー配達員が存在しており、競争は激しく、このような背景が「注文争奪ツール」の登場を後押ししました。

 中国総工会の「工人日報(労働者日報)」によると、このアプリは配達員の間で急速に広まっており、ユーザーは注文の価格や距離、種類などを自由に設定できる機能を持っています。例えば、配達料金が30元(約650円)未満の注文は受け付けない、受け取り距離が3キロを超える注文を除外する、壊れやすい商品を自動的に排除するなどの設定が可能です。また、このツールは1秒間に10回の注文更新を実現でき、高額で短距離の注文をより迅速に取得することを可能にし、作業時間を大幅に短縮し、収入を増加させる効果があります。

 デリバリー配達員の匡(こう)さん(仮名)は、「この種のツールは主に個人が注文を争奪するクラウドソーシング型配達でよく見られる」と述べ、「注文争奪ツール」の情報は主にWeChatグループを通じて広まり、電子商取引プラットフォームやSNSでも簡単に見つけることができると明かしました。中古取引プラットフォームで「デリバリー」「ツール」「注文争奪神器」といったキーワードを検索すれば、多くの売り手が関連ソフトを公開販売していることが確認できます。

「注文争奪ツール」の影響

 「注文争奪ツール」とその背後にあるブラックマーケット産業は、正常な市場秩序に深刻な影響を与えるとともに、プラットフォーム、消費者、配達員の権益をも侵害しています。

 新米配達員の東さん(仮名)は、藍鯨新聞の記者に次のように語りました。「このツールが本当に大嫌いだ。最初はその存在を知らず、プラットフォーム上で少額の注文しか取れなかった。高額な注文はスマホの画面に一瞬表示されただけで、すぐに消えてしまい、取ることなんて不可能だ。今になって、この業界に『注文争奪ツール』が存在していることを知った。それが原因で、私のような正直者は毎日利益の低い注文ばかりを取らされることになっている。ツールを使いたい気持ちはあるが、プラットフォームにアカウントを停止されるのが怖くて使えない」

 藍鯨新聞の記者は、新米配達員の東さん(仮名)が提供した手がかりを基に調査を進めた結果、多数の売り手がネット上で「注文争奪ツール」を販売していることが確認されました。「美団魔獣」「小可愛」「機械猫(ドラえもん)」「悪霊騎士」などがこれらツールの名称です。売り手は「1秒で注文取得」「高収入」「検出防止」「アカウント停止なし」などの宣伝文句で配達員を惹きつけています。コメント欄には購入希望者の書き込みが数百件も寄せられていました。

 複数の代理業者によると、上海や深センのような一線都市では、クラウドソーシング型配達員10人のうち8人がこのツールを使用しているとのことです。このような激しい競争環境下では、これを使わないと良い注文をほとんど取ることができません。しかし、この行為は大きなリスクを伴い、巨大なブラックマーケット産業に関わることになります。

「注文争奪ツール」の法的リスク

 今年9月、浙江省紹興市新昌県(しんしょうけん)警察は「注文争奪ツール」に関連する案件を取り締まりました。この事件では、資金提供者、開発者、クラッカー、認証コードの販売者、運用管理者、プラットフォーム運営者、宣伝引き込み業者、代理業者、偽造証明書業者など、9つの階層からなる犯罪組織が摘発されました。事件の被害総額は3000万元(約6.5億円)に上ります。

 北京中首法律事務所の胡勝国(こしょうこく)主任は、「注文争奪ツール」はデリバリープラットフォームのシステム所有者の利益を侵害し、プラットフォームの正常な管理秩序や運営の安全に深刻な影響を与えただけでなく、他の合法的な競争者の利益も損ない、一部の配達員が高額注文を得る機会を失う原因にもなると指摘しました。また、虚偽の計測データは消費者の権益を侵害する可能性があります。

 胡氏はまた、「注文争奪ツール」の使用者が時間や距離のデータを改ざんして消費者から多額の金銭を騙し取った場合、詐欺罪が成立し、刑事責任を追及される可能性があると述べました。

 広東耀文法律事務所の弁護士、張愛東氏は、「注文争奪ツール」が安全保護措置を突破し、デリバリープラットフォームのコンピューターシステムのデータを取得し、制御や改ざんを行う機能を有している場合、その開発者は「コンピュータ情報システムに対する不正侵入プログラムの提供罪」に問われる可能性があると説明しています。

 実際、広東省深セン市龍華区で発生した「注文争奪ツール」に関わる案件では、3人の容疑者がプラットフォームのコンピューター情報システムへの不正侵入や違法な制御を可能にするプログラムを提供したとして、それぞれ懲役3年、1年6カ月、1年1カ月の実刑判決を受けました。

デリバリー配達員の注文取得メカニズム

 現在、「注文争奪ツール」の影響を受けているプラットフォームには、餓了麼(ウーラマ)、美団(メイトゥアン)、順豊(シュンフォン)があります。

 美団を例に取ると、配達員の働き方には以下の2つがあります。

 1つは専属配達です。専属配達員は会社の配達拠点の管理下にあり、統一されたスケジューリングに従います。注文の配分はシステムと拠点管理者によって行われ、受注量は天候や熟練度、管理者との関係などの影響を受けますが、注文を争奪する必要はありません。

 もう1つはクラウドソーシング型です。クラウドソーシング型配達員は兼職のパートタイムとして登録され、美団の専用アプリを使用します。この場合、会社からの直接的な拘束はなく、収入は完全に注文取得数に依存します。経験を積むことで上位ランクに昇格し、高利益の注文を得ることができます。ただし、一定の受注数を達成する必要があります。

 注文が発生すると、プラットフォームはまず上位ランクの配達員に優先的に通知を送ります。その後、残りの注文が一般配達員の「注文争奪ツール」に表示される仕組みです。このシステムは、一般配達員が安定した受注を通じて段階的に昇格することを奨励するために設計されています。

 しかし、注文の総数が限られているうえに配達員の数が増え続けているため、初心者配達員が昇格するのはますます困難になっています。昇格できない配達員は、アプリで注文を争奪するしかありません。この激しい競争は、年配の配達員やスマートフォンの操作に不慣れな配達員にとって大きなハンデとなっています。

 「注文争奪ツール」の台頭は、この現象をさらに悪化させています。多くの年配の配達員や初心者は、素早い操作能力を欠いているため、ツールを使用しているユーザーに注文を奪われやすくなります。この結果、彼らの生存圧力が増大しています。

(翻訳・藍彧)