現代中国では、大量消費が一般民衆の主な娯楽となっており、大手ECサイトはキャンペーンやイベントを通じて購買意欲を刺激しています。しかし、今年はその象徴とも言える販促イベントが初めて開催されないことになりました。大量消費社会の象徴とも言えるイベントが幕を閉じる背景には、いったいどのような理由があるのでしょうか。
毎年11月11日の「独身の日」を迎えるにあたり、中国の大手ECサイトは約1か月前からプロモーションを開始し、大規模なバーゲンセールを展開します。米国政府系メディア「ラジオフリーアジア」によると、アリババが運営する国際ECサイト「アリエクスプレス」は、「独身の日」に行われるバーゲンセールを今年初めて米国に導入し、11月8日から割引商品をカートに追加できるようにしたといいます。
一方、中国メディア「レイトポスト」の報道によれば、アリババは毎年恒例の販促イベントを開催しませんでした。このイベントは、アリババ傘下のBtoCプラットフォーム「天猫(テンマオ)」が主催する年次の祭典で、11月11日の前夜に行われるものであることから、「猫晩(マオワン)」と呼ばれています。コロナ禍により中止となった2022年を除けば毎年開催されており、過去にはコービー・ブライアントやテイラー・スウィフトといった国際的なスターが出演したこともありました。
アリババが「猫晩」を中止し、国際市場への展開に注力する背景には、中国国内の消費低迷が影響していると考えられます。同社は中国のEC業界を牽引する存在でしたが、過去3年間、独占禁止法に基づく政府の厳しい監視や圧力に直面してきました。また、京東(ジンドン)、TikTok、ピンドゥオドゥオなど他のECプラットフォームとの競争も激化しています。
2020年、中国当局は独占禁止法違反を理由にインターネット企業の取り締まりを行い、その際アリババは典型例として調査を受けました。2021年4月には、アリババに対し2019年の国内売上高の4%にあたる182.28億元(約3900億円)の罰金を課し、3年間の自己点検と業務改善を命じました。その後、バイドゥ、テンセント、メイトゥアン、ジンドン、ディディなど他のテック企業も次々と罰金を科されました。
カリフォルニア州に拠点を置く中堅銀行「East West Bank」の首席エコノミストである許仲翔(きょちゅうしょう)氏はこのほど、「ラジオフリーアジア」の文字取材に応じました。許仲翔氏は、アリババが「猫晩」を中止した主な理由として「消費疲れ」を挙げました。許氏によると、「独身の日」のプロモーションで他社との差別化を図るには斬新で独創的なアイデアが必要であり、アリババは現在、それに向けた再構想に取り組んでいるとのことです。
消費疲れと政治疲れ
アリババが今年の「猫晚」を中止した背景には何があるのでしょうか。これについて、ハーバード大学ケネディスクールの上級研究員で、書籍『テクノロジー戦争:中国はなぜビッグテックを叩くのか』の著者であるアンドリュー・コリアー氏は、ラジオフリーアジアに対し自らの分析を展開しました。コリアー氏によると、アリババは経済的な課題に加え、強い政治的圧力を受けています。習近平政権による民間企業への締め付けが続く中、アリババは高度なクラウドサービスを持っているものの、国有企業と競争するのは困難になっていると述べています。
コリアー氏は、アリババは既に成長の頂点に達しており、政府の目を引かないように慎重に行動しつつ、国際市場や他の分野で生き残りを図るほかないと指摘しています。「アリババは2020年に打撃を受けて以降、ネット小売業などの分野であまり目立たないようにしている。これは、習近平が経済成長や消費の促進を望んでいる一方で、消費者向けサービスへの大規模な資金投入は避けたいと考えているためだ」とコリアー氏は述べました。さらに、「習近平はむしろ、市場の投資資金が工業や技術分野に流れることを期待している。市場シェアを占有しすぎる企業には良い結末が訪れないだろう。習近平は、私企業が強い経済的および金融的影響力を持つことを望んでいない」と指摘しました。
コロナ禍の厳格なロックダウンが終了した後、アリババは2023年に「猫晚」を再開しました。しかし、今年はこのイベントの予算を消費者や加盟店の支援に振り分け、総額300億元のクーポンと紅包(お年玉)、そして30億元の支援金を投入しました。これはアリババが今まで行ってきた最大規模の支援企画でした。コリアー氏は、「猫晚」の中止は、アリババの戦略が単純な売上増加から長期的な成長を重視する方向にシフトしていることを示唆していると分析しています。
電子商取引市場の変革
アリババの元幹部で創業者ジャック・マー氏の国際業務特別補佐を務めた黄明威氏がラジオフリーアジアに語ったところによると、中国の小売電子商取引市場は成熟しており、もはや「猫晚」を通じて顧客を呼び込んだり、ネットショッピングの認知度を高めたりする必要はないとのことです。また、若い世代は「分散消費」を好む傾向があり、購入に際してより慎重に複数の店舗を比較し、製品そのものに加えて、製品がもたらす価値や体験を重視するようになっています。黄氏は、「今の消費者は、複数のショッピングサイトを比較しながら買い物をする。華美で魅力的な消費主義には惹かれなくなっている」と述べました。
黄氏はまた、アリババはリソースの配分を調整することで顧客体験を高めようとしていると述べました。これは、膨大な取引データを用いて試行錯誤しながらサービスを改善する今までのやり方と大きく異なるものだといいます。アリババは現在は88VIP会員制度などを通じて顧客の忠誠心を高めることに注力しており、「安価な商品を提供することが全てではない」と黄氏は指摘しました。
報道によれば「猫晚」が最も華やかだったのはコロナ前でした。その後は国際的なビッグスターの参加がなくなり、「独身の日」の売上の伸び率も鈍化しました。2021年には、アリババの総取引額(GMV)の成長率が初めて10%以下に落ち込みました。
経済学者のアンドリュー・コリアー氏は、この消費停滞の背景には国内の経済状況も大いに関連していると指摘します。中国当局は2024年の第3四半期までに全国の住民の可処分所得と資産収入が前年比約5%増加し、1人当たりの消費支出も同様に約5%増加したとしていますが、このようなデータは国内の雇用機会減少や賃金カット、低迷する小売売上高と矛盾しており、公式データの信ぴょう性に疑問が残る状態となっています。
(翻訳・唐木 衛)