中共当局は長年、電気自動車(EV)は世界のハイテク産業を制するための有利な手段であると考え、多大な補助金を投入してきました。しかし、その国家資本主義的な打算は見事に外れ、今や過剰な生産能力による反動を食らい、各国からの反発、さらには国内メーカーの赤字や倒産に見舞われています。

中国製品に高関税

 今年2024年、中国のEV業界は何度も打撃を受けました。今年5月、アメリカのバイデン大統領は中国製EVへの関税を4倍にし、25%から100%に引き上げました。
 7月にはブラジルがEVの輸入関税を10%から18%に引き上げ、2026年7月に35%まで引き上げる予定です。同じく7月、トルコは中国製EVをはじめとするすべての自動車に40%の追加関税を課しました。
 10月、EU加盟国は中国製EVに最大45%の関税を課すことを決定しました。さらに、カナダも中国製EVに100%の関税を課しました。
 各国がこのような対策を取っている根底には、中国産EVの過剰な生産が業界全体の健全な発展を脅かしていることへの懸念があります。

EV業界全体に悪影響

 『MITテクノロジーレビュー』によれば、中共当局は中国製EVが世界の市場を支配できるように、補助金や減税、政府による調達契約といった優遇措置に総額約2300億ドル(約34.5兆円)を費やしました。この結果誕生したのが1310万台のEV市場であり、これは世界全体のEV保有台数の60%を占めています。
 しかし、中共当局の支援措置により、過剰な生産能力が問題となっています。一部の国の電気自動車メーカーは事業を再編成するか、閉鎖せざるを得なくなりました。2023年10月、三菱自動車は中国での合弁事業に終止符を打つと発表しました。
 証券取引所の文書やメディアの報道によると、日本のホンダや韓国の現代(ヒュンダイ)自動車、アメリカのフォードなども、コスト削減のために工場を売却し、人員を削減する措置を講じました。
 今年4月、フォードのEV部門は第1四半期の損失が13億ドル(約1,952億円)に達したと報告しました。今年の第1四半期に販売された1万台のEVについて、1台あたり13万2000ドル(約1,982万円)の損失を出したことになります。
 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の報告書によれば、アメリカの自動車メーカーはアメリカ国内でEVを販売する際に、50,000ドル(約750万円)の売り上げを計上するごとに約6,000ドル(約90万円)の損失を被っていることがわかりました。

中国EV業界も大赤字

 中国では、EVが新車販売台数の50%以上を占めているものの、激しい価格競争が続いているため、EVメーカーの利益はますます圧迫されています。世界最大の自動車市場である中国での販売予測は楽観的であるにもかかわらず、利益を上げているのは比亜迪(BYD)と理想汽車(Li Auto)の2社のみです。他の約30社の中国メーカーは大きなプレッシャーに直面しています。
 例えば、中国の新興EVメーカー「小鵬汽車(Xpeng Motors)」が発表した第2四半期の決算報告では、売上高は前年同期比60.2%増の81億1000万元(約1700億円)となりましたが、純損失は12億8000万元(約270億円)を計上しました。
吉利汽車(ジーリー・オートモービル)が所有する高級EVメーカーである「Zeekr(ジーカー)」も、第2四半期の決算報告で18.1億元(約381億円)の純損失を記録しました。
 同じく高級EVを製造する「華人運通(Human Horizons)」は今年2月から少なくとも6か月間の操業停止を発表し、中国の威馬汽車技術(WMモーター・テクノロジー)は2023年10月に事業再編の申請をしました。
このように、中国のEV産業が低迷しているのは一目瞭然です。にもかかわらず、中共当局は依然として巨額の資金を投じています。

巨額の支援金

 2020年、上海蔚来汽車(英語: NIO Inc.)(読み方:ニーオ)の資金が底を突く間際に、地元政府は10億ドル(約1,500億円)を注入し、24%の株式を取得しました。また、ある国有銀行が他の融資機関とともに16億ドル(約2,400億円)を追加で援助しました。
 アメリカ・ワシントンの戦略シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」の研究によると、2009年から2023年までの間に中共当局がEV産業に対して行った支援は累計で2,309億ドル(約34兆円)に達しました。2009年から2017年にかけて、毎年の年間支援額は約67.4億ドル(約1兆円)でした。2018年から2020年にかけてその金額は約2倍に増え、2021年以降になると再び急増しました。
 中共当局の支援策は主に5つの形態で行われています。それらは政府の承認のもと行われる購入者へのリベート、消費税の免除、充電スタンドなどの基礎インフラ整備への資金提供、研究開発に対する支援、そして政府によるEVの大量調達が含まれています。
 これらの事実から考えれば、中共当局がこれほどまでにEV産業を手厚く保護する理由は、EV産業を通して世界市場を支配する可能性を見いだしているためであるとの指摘も納得できます。

EVで世界制覇

 コンサルティング会社「Sino Auto Insights」のマネージングディレクターである塗楽(トゥー・ラー)氏は『MITテクノロジーレビュー』の取材に対し、「彼ら(中国)は内燃機関技術の革新において、アメリカ、ドイツ、日本の伝統的な自動車メーカーに勝てないことに気づいた」と語りました。さらに、ハイブリッド車の研究は日本などの国が主導しており、中国はこの分野でも競争に勝てないと認識しています。そこで、中国はバッテリーで駆動するEVという新たな分野に投資することを決断したのです。
 そこで、中共当局は2001年から関連技術への投資を開始しました。同年、EVに関連する技術は、中国の最上位経済計画である「5カ年計画」の中で優先すべき科学研究計画に加えられました。
 2007年には、ドイツのアウディで10年間働いていた自動車エンジニアの万鋼(ばんこう)氏が中国科学技術部の責任者に任命されました。万鋼氏は熱心なEV推進者です。その後、中国のEV産業は国家的な後押しを受け、国民経済計画における優先事項とされてきました。

国家資本主義の失敗

 『MITテクノロジーレビュー』の記事では、政府が育成したいと考える産業に資源を集中させるやり方こそ、中国の国家経済システムの本質であると指摘しています。
 アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の上級研究員であるハン・トラン(Hung Tran)氏は、中国の国家資本主義経済の典型的な問題点は生産能力の過剰であると述べています。中国共産党の指導者が下した戦略的な意思決定によって、選ばれた特定の産業に大量のリソースが投入されます。しかし、中国では市場経済の調整能力がなく、経済的な制約を受けないため、最終的には特定産業で生産能力が過剰になり、副作用を引き起こすといいます。
 EV産業は最終的に大規模な再編を迫られることになると考えられています。そして、民間投資家と政府の双方が損失を被ることが予想されます。そうなれば、中国経済の回復は再び困難な局面を迎えるでしょう。
 今年2月、小鵬汽車のCEOである何小鵬(か・しょうほう)氏は、従業員向けの備忘録で次のように述べました。
 「今年から、中国の自動車メーカーは互いに激しく競争するようになるだろう。この競争は『血みどろの戦い』、すなわち残酷な淘汰試合で終わるだろう」

(翻訳・唐木 衛)