今年の10月1日は、中国共産党政権の樹立75周年にあたります。公式には毎年この日を「国慶節」として定めています。しかし、中国共産党の政権掌握の正当性が常に疑問視されていることに加え、政権発足以来、数えきれないほどの苦難を中国の人々にもたらしてきたため、10月1日は祝うに値しない日であり、むしろ中国人民の苦難の始まりだと考える人が少なくありません。このため、多くの人々がこの日を「国殤日」と呼んでいます。
今年の「国殤日」は特に不吉であり、悪質な事故や極端な天候が頻発し、中国共産党政権に対する不吉な兆しを暗示しているかのようです。まず、中国の「紅色革命」の発祥地とされる江西省南昌市では、国旗掲揚式で予想外の出来事が起こりました。国旗が半ばまで上がったところで旗竿に引っかかり、最終的には「半旗」として終了せざるを得ませんでした。
ネットユーザーが投稿した動画によると、掲揚式の最中、国旗が途中で止まり、群衆が騒ぎ始めました。これについて、ネットユーザーたちは様々な議論を交わしました。「国殤日、南昌での国旗掲揚式は半旗で終わった。これは天の啓示だ。中国人民にこの日が国慶節ではなく、国殤日であることを知らせているんだ。そして今回の出来事が南昌で起きたこともまた、第2の南昌蜂起を促している!」とコメントしている人がいれば、「これは不吉な兆しだ。天意だな、来年にはもうこの『国慶節』はないかもしれない」と言う人もいました。
南昌だけでなく、北京でも不快な出来事がありました。10月1日朝、天安門広場に多くの人々が集まり、国旗掲揚式を見守っていましたが、式が終わると広場にはゴミが散乱していました。ネットで拡散された動画では、広場一面に汚れたゴミが散らばり、清掃作業員がひたすら掃除している様子が映し出されています。あるネットユーザーは「この政権はゴミのようだ。そろそろ歴史のゴミ箱に掃き捨てられるべきだ」とコメントしました。
同時に、当局は「盛世」の雰囲気を作り出したいため、中国各地の主要な街道、商店、そして欄干に国旗を掲げました。しかし、一部の市民は現政権に対する嫌悪感が頂点に達し、自ら街の国旗を回収する動きが見られました。ある動画では、ある男性が橋の欄干に取り付けられた国旗を次々と引き抜き、地面に投げ捨てている様子が映っていました。
これに対して、あるネットユーザーは、「子供の頃、先生は国旗を大切にするように教えてくれました。国旗は無数の中国人の血で染まっているんだと。今思い返すと、恐ろしく感じます。この国旗は中国共産党の罪悪の象徴です。この旗の下で、中国共産党が政権を握って以来、数えきれないほどの罪が行われてきました。この罪悪は書き尽くせません」とコメントしました。
「国殤日」には、悪質な事故も頻発しました。10月1日午前7時48分、内モンゴルの高速道路で玉突き事故が発生しました。現地では降雪により、路面が薄い雪に覆われ、滑りやすくなっていました。1台の大型トラックが突然制御を失い、車が高速道路を横切り、その後ろの車は反応する間もなく次々と衝突しました。この事故では合計12台の車両が損傷を受け、1台の大型トラックと10台の小型車が炎上しました。
現場の動画には、複数の車両が高速道路に停車している様子が映っており、車両が激しく燃え上がり、火の手が空高く舞い上がる様子や、黒い煙が何キロも先から見えるほど立ち込める様子が映し出されています。別の動画には、11台の車両が焼け落ち、そのうちの何台かは骨組みだけが残っている様子も映し出されています。その中には、購入して10日しか経っていない新車が含まれていました。事故により、後方の車両は数十キロにわたって渋滞しました。
同日午後には、貴州省織金県で地滑りが発生し、6人が死亡しました。中国の公式メディアの報道によると、10月1日16時50分に発生した地滑りにより、1台の通過車両(乗員5人)と1人の歩行者が行方不明となりました。10月2日18時26分までに、埋もれた車両と行方不明者全員が発見され、医療スタッフによる現場確認の結果、6人全員が死亡したことが確認されました。
今年の「国殤日」は、まるで象徴的な意味合いを帯びているかのようです。10月1日未明、6万年に一度の彗星が北京の上空を通過し、大きな話題を呼びました。ネット上で出回っている動画には、彗星が現れた当初は微かな光の輪に過ぎなかったものが、次第に光が強くなり、尾を引く彗星がはっきりと見えるようになり、北京の上空を高速で通過する様子が映し出されていました。
多くのネットユーザーが、「国殤日」期間中に彗星が北京上空を通過したことに驚きました。あるネットユーザーは「6万年に一度の出来事、これは歴史的な大事件の前触れかもしれない」とコメントし、また別のユーザーは「彗星は古代では異変の前兆とされ、天命の変わり目を表している」と述べました。
彗星はその長い尾がほうきのような形をしていることから「ほうき星」とも呼ばれ、中国の伝統文化では不吉なものとされてきました。彗星は、王や貴族に災難や死をもたらす存在とされ、また、戦争、疫病、天災、動乱とも結びつけられてきました。
彗星は中国だけでなく、古代西洋でも「災いの星」として捉えられていました。例えば、1066年、ハレー彗星がイギリスに出現し、同年9月、フランスのノルマンディー公ウィリアムがイングランドに対して侵攻しました。イギリスのハロルド2世はこの歴史的に有名なヘイスティングズの戦いで戦死し、ウィリアムが王位を奪いました。当時の住民が彗星を見て恐れおののく様子は、ベイユタペストリーに描かれて後世に伝えられています。
国旗掲揚式の異常、頻発する悪質事故、そして彗星の出現、今年の「国殤日」は不吉な暗示に満ちています。多くの中国人にとって、この日は決して祝うべき日ではなく、苦難と運命を省みる時なのです。
(翻訳・吉原木子)