中国当局による社会統制が強まり、経済に閉塞感が漂うなか、中国の富裕層はますます危険な境地に置かれています。

 外資系資産運用会社「ロックフェラー・キャピタル・マネジメントL.P.」で顧問を務めるルチール・シャルマ氏は9月23日付の英国『フィナンシャル・タイムズ』に寄稿しました。シャルマ氏は、『共同富裕』政策のもと、中国では富裕層に対する取り締まりが強化され、お金持ちであることが今や大きなリスクになっていると指摘しました。

 シャルマ氏は例として、中国のオンラインショッピング大手「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」の創業者である黄崢 (ホアン・ジョン)氏の事例を挙げました。黄崢氏は今年8月、中国の富豪番付1位に躍り出ましたが、その後すぐに拼多多が驚くべき悲観的な業績予測を発表しました。その翌日、同社の株価は急落し、黄崢氏の個人資産は140億ドル(約2兆円)減少しました。続いて、首富の座に就いた飲料水大手の「農夫山泉(ノンフースプリング)」の創業者である鍾睒睒(ジョン・シャンシャン)氏も、その後24時間以内に会社がネガティブな業績見通しを発表したため、個人資産が減少し億万長者の座から転落しました。

 このような異常な現象について、ネットユーザーは、大企業のトップが「共同富裕」という名のもとで政府に狙われることを恐れて、自らの会社の株価を意図的に下げているのではないかと推測しています。

 2012年以降、中国経済はグローバル化のなかで一定の繁栄を見せ、およそ240人の億万長者が新たに誕生しました。その先駆けとなったのが、アリババの創業者である馬雲(ジャック・マー)氏をはじめとするテクノロジー企業の創業者たちでした。しかし、2020年に馬雲(ジャック・マー)氏が行った講演から、雲行きが怪しくなっていたことがわかります。馬雲(ジャック・マー)氏は中国共産党の統治の方向性に疑問を呈し、過度な規制が技術革新を妨げる可能性があると警告しました。そして、中国の銀行業界は未だ「質屋」レベルの考え方しかできないと批判しました。馬雲(ジャック・マー)氏はその後、中国共産党の制裁を受け、アリババの株価は急落しました。馬雲(ジャック・マー)氏は富豪ランキングから転落し、公の場から姿を消しました。

国外逃亡図る中国の富裕層

 2021年、習近平は貧富の格差を縮小する名目で、「共同富裕」と呼ばれる政治運動を展開しました。しかし、「共同富裕」運動の結果、貧しい人々は豊かにならず、逆に富裕層が貧しくなっただけでした。

 「共同富裕」運動が推進されて以来、多くの資本家や金融投資家が当局による調査を受けました。また、若年投資家は利潤を得やすい投資銀行などの業界を敬遠するようになり、中国の株式市場も下落の一途をたどっています。

 過去3年間で中国の個人資産は大幅に減少し、億万長者の数は35%も減少しました。一方で、中国を離れる富裕層の数は急増し、昨年にはその数が15,000人に達しました。国内に残った超富裕層は、当局に目をつけられないよう、慎重に生きているとのことです。

 アメリカでは、億万長者が自前の宇宙プロジェクトを始動させています。インドでは、億万長者が子どものために数十億ドルの豪華な結婚式を開催しています。しかし、中国では、億万長者は「大富豪」という世間からの肩書きをなんとかして捨てようと必死になっています。

金融業界でボーナスカット

 以前では高級取りの代名詞だった金融業界も、今や「共同富裕」の煽りを受けて四苦八苦しています。「ブルームバーグ」の報道によると、中国の金融業界で働く多くの人々は、「共同富裕」という名の下で自らの富が奪われていることを実感し始めています。金融業界の華やかなライフスタイルは当局の非難の的となり、給与の減額も相まって、多くの人々が業界から離れつつあります。

 中国の金融業界で働く複数の従業員は「ボイス・オブ・アメリカ」の取材に応じ、今年の春のボーナスがまだ支給されていないと話しました。業績が良い時には通常4月に年度末ボーナスが支給されますが、今年は8月になっても支給されていないとのことです。計算上、彼らは年収の10〜20%を失っている状態であり、多くの人々は習近平が始めた「共同富裕」運動が原因だと考えています。

 すでに3年間続いた「共同富裕」運動に対する中国人の不満は高まっています。広州の証券取引所で投資アドバイザーを務める呉慧(ウー・フイ)さんによると、新型コロナウイルス(COVID-19)によるロックダウンが解除された後、彼女は2度にわたる大幅な減給を経験し、年収は40万元(約800万円)から30万元(約600万円)に減少しました。呉慧(ウー・フイ)さんは「年度末ボーナスは私の収入の15%を占めていたが、今ではそれがなくなった。生活の質が大幅に低下したと感じてる」と語っています。

 呉慧さんは、当局による厳しい金融規制が業界の給与削減の主要な原因であると指摘しています。「国のトップは何か勘違いしているのではないか。汚職官僚を一人摘発すれば、何億元もの資金が出てくる」と呉慧さんは言います。そして、「金融業界の給与削減を行うにしても、企業トップに焦点を当てるべきで、なぜ私たちのような一般職員に目をつけるのか」と不満を漏らしました。

 中国の経済メディア「中国経済観察ネット」の報道によれば、2024年上半期に年度末ボーナスを支給した証券会社は数えるほどしかありませんでした。主要な証券会社である「中信証券」、「中金公司」、「中信建投証券」、「華泰証券」のうち、5月末に年度末ボーナスを支給したのは中金公司だけでした。

 ボーナスカットのみならず、通常の給与にも影響が広がっています。経済メディア「第一財経」の報道によると、2024年第1四半期における中国の証券会社の従業員の給与水準は、2023年の下降傾向を引き継いでいます。証券セクターにおいて、上場している57社の1〜3月期の従業員給与は前年同期比で約13%減少しています。

「共同富裕」は「共同貧困」

 高所得層の給与を減らすことで「共同富裕」を実現しようとする動きに対し、学者は疑問を投げかけています。台湾龍華科技大学の助教で、法学博士の頼榮偉(ライ・ロンウェイ)氏は、「共同富裕は、もはや『共同貧困』に近づいている。給与削減は富裕層を略奪し搾取する行為であり、掠奪型の資本主義になっている」と指摘しました。

 また、台湾のシンクタンク「中華経済研究院第一研究所」の助理研究員である王国臣(ワン・グオチェン)氏も同様の見解を示しています。「本来、共同富裕とは、低所得層の給与を引き上げるだけで、高所得層の給与を減らすようにすべきではない」と王国臣氏は語りました。「しかし、高所得者の給与を減らして低所得者に合わせることは、実際には『共同貧困』だ。したがって、金融業界の給与を削減することの目的は、共同富裕を実現するためではないと思う」と述べました。

 「共同富裕」政策を推進するなかで、低所得層の収入を引き上げるために中国当局が行った唯一の施策は、高齢者の基礎年金を月20元(約410円)引き上げることだけでした。これに対して、時事評論家の蔡慎坤(ツァイ・シェンクン)氏は、中国当局は非常に「ケチ」だと批判しました。

 蔡慎坤氏によると、中国では1億7000万人が100元(約2000円)の基礎年金を受け取っています。一方、デモの鎮圧や言論統制に使われる治安維持費は毎年1兆元(約20兆円)を超え、軍事費も1兆6000億元(約33兆円)を超えています。「1か月に100元の年金をもらう1億7000万人の高齢者には、たった20元しか還元されていない。これは侮辱に他ならないではないか」と指摘しました。

(翻訳・唐木 衛)