唐の太宗皇帝に拝謁する少数民族の使者(唐・閻 立本『歩輦図』)(パブリック・ドメイン)

 これは明王朝期の文人・徐渭(じょい)の著作『路史』に記載されたお話です。

 唐の貞観(じょうがん)年間、西域の回紇(かいこつ、ウイグルとも呼ばれる)は唐の藩鎮(はんちん)でした。回紇は唐への友好を示すために、緬伯高(めんはくこう)という使者を遣わせて、珍しい宝石などの献上品を持って唐の太宗に拝謁しに行かせました。献上品の中でも、最も貴重なのは一羽の珍禽・白鳥でした。

 緬伯高が一番心配したのもこの白鳥でした。万が一もしものことがあったら、回紇の節度使に説明しようもないので、緬伯高は旅の道中ずっと自ら白鳥の水や餌をやり、いっときも怠りませんでした。

 緬伯高は苦労をいとわず昼夜兼行で、唐の都・長安の近くの沔陽(べんよう、現在の陝西省漢中市) の川原にやってきました。長い旅路に白鳥も疲れたのか、首をのばし、口を開けて喘いでいました。緬伯高は白鳥の様子を見ているに忍びなく、おりを開けて白鳥を水辺に連れて行って、水を飲ませました。

 しかし、思いもよらないことに、白鳥は水をたっぷり飲むと、羽をばたつかせて、空に飛びんでいってしまいました。

 緬伯高は慌てて飛びかかりましたが、白鳥を捕まえることができず、羽根を何本かを拾えただけで、白鳥が跡形なくなるまで飛び去ってしまうのを見つめるしかできませんでした。

 緬伯高は白鳥の羽根を手にしながら頭が真っ白になりました。「どうしよう?どうしよう?白鳥がいなくなったけど?何を持って太宗に献上するのか?なら帰ろうか?でもこのまま帰ったら回紇の節度使にどう説明するのか?」と、頭の中で色んな考えがぐるぐるめぐりました。

 あれこれと考えた末、緬伯高は続けて長安に向かうことにしました。彼は白い絹で白鳥の羽根を丁寧に包み、絹の上に詩を書きました。

 「天鵝を唐朝に貢(みつ)ぎ、山重なりて道さらに遙かなり。沔陽の河にて宝を失い、回紇の情を拭(ぬぐ)い難し。唐の天子に奉り(たてまつり)、緬伯高に罪を請い。物は軽くとも情は重し、千里送る鵝毛」

 白鳥を唐の朝廷に献上しようとしましたが、山が幾重も重なり道も更に遠く、道中の沔陽の川辺で白鳥を失いました。しかし、回紇の献上をする気持ちはとても捨てがたく、この緬伯高は、白鳥の羽根を唐の天子に奉納し、罪を請いましょう。贈り物はささやかですが、千里遠くから送ってくる白鳥の羽根から、唐を敬う回紇のこの心だけでも、どうか、お受け取りくださいーー。

 緬伯高は宝石と白鳥の羽根を持って長安にやってきました。唐の太宗に拝謁し、白鳥の羽根を献上しました。太宗は緬伯高の詩を読んで、さらに彼の説明を聞いたら、責めることなく、かえって緬伯高が誠実で、しっかり使命を果たしたと思い、彼に厚い恩賞を与えました。

 それ以来、「千里の遠方から白鳥の羽根を送り、贈り物はささやかだが心がこもる」とのことわざが広く伝わり、「千里鵝毛」の四字熟語も、贈り物はささやかでも厚い思いと誠意が込められているたとえとなっています。

(翻訳・心静)