iPhone16の生産量が増加するなか、中国から撤退していたフォックスコン(ホンハイ)は河南省鄭州市に舞い戻り、高い給与水準で多くの若者を惹きつけています。多くの大学卒業生はホワイトカラーの職場を諦め、ライン工として働くことを選んでいます。このことは中国の就職難を改めて浮き彫りにしています。
Appleの最大のサプライヤーとして、フォックスコンのこの動きは多くの注目を集めています。「ボイス・オブ・アメリカ」の報道によると、中国のネットユーザーはフォックスコンの動きに釘付けになっています。中国のSNS微博(ウェイボー)では、「フォックスコンがなぜ戻ってきたのか」が話題となり、半月あまりで1400万回閲覧されました。
中国の週刊誌『三聯生活周刊』は8月14日、一度中国本土から撤退したフォックスコンは、今や中国市場で活発に動き出していると報じました。10億元(約200億円)を投じて鄭州市に本社ビルを建設し、高い給料を出して大規模な求人活動を行っているとのことです。
中国の経済専門誌『財新』の報道によると、フォックスコンは7月末から作業員の時給を21元(約425円)から26元(約527円)に引き上げ、90日間の勤務後に支払われるボーナスを5000元(約10万円)から8000元(約16万円)以上に増やしました。
中国の『毎日経済新聞』もこの流れを追っています。ある人材紹介会社の関係者によると、フォックスコンの鄭州市における工場の外では毎日のように求職者が長蛇の列を成しており、その採用率は90%に達するとのことです。彼らの主な仕事はiPhoneの部品の組み立てです。
フォックスコン、地元経済を牛耳る
フォックスコンの工場で8年間働いた李さん(仮名、女性)は、ボイス・オブ・アメリカの取材に応じました。李さんは、フォックスコンの求人は非常に魅力的で、給料と福利厚生は中国企業では太刀打ちできないほどだと話しました。「まるでお金を配っているようだ」と彼女は語ります。
李さんによると、フォックスコンの待遇は地元の工場の倍以上です。月20日間勤務で週休二日制、毎日の労働時間は8時間ほどで月給約4000元(約8.1万円)を稼ぐことができたと述べました。過度な業務を押し付けられることもなく、給与水準も比較的高いため、中国人の若者の多くは進んでフォックスコンのような台湾資本の企業に就職していると述べました。
しかし近年、フォックスコンがベトナムやインドに移転し始めると、中国の産業に大きな影響を与えました。失業者数が急増し、李さん自身もフォックスコンを離れた後は収入が安定していないと語っています。
『三聯生活周刊』の報道によると、今年の第1四半期にフォックスコンの中国撤退が加速したため、河南省の携帯電話の輸出量は前年同期比で61%も暴落し、鄭州市の輸出額も23%減少しました。
フォックスコンの「復帰」、なにが変わるか
現在、フォックスコンは鄭州市に複数の大規模生産施設を構えています。中国メディア「澎湃新聞」の報道によれば、フォックスコンは中国に戻った後、事業をiPhoneの生産以外にも拡大する予定だといいます。7月22日、フォックスコンは河南省政府と戦略的協力協定を締結しました。協定では、フォックスコンが10億元(約200億円)を投資し、電気自動車やバッテリー、ロボット産業を推進するとしています。
では、フォックスコンは再び生産の重心を中国に戻すのでしょうか。インド情勢に詳しい台湾中山大学助教授の劉奇峰氏によると、フォックスコンの「中国復帰」は主にAppleの新製品生産戦略に対応するための措置です。
AppleはiPhone16をインドで生産すると発表しましたが、インドで製造されたiPhone16の良品率が予定値を下回っていたため、リスク回避のために生産ラインを再び中国に戻したとのことです。
劉氏は、フォックスコンが鄭州市の工場でiPhone16を製造することで、生産地をインドに一極集中することのリスクを回避できると考えています。さらに、中国とインドの良品率を比較することで、両国の工場を互いに競争させ、品質を向上させる効果も見込めるのではないかと述べました。
劉氏はボイス・オブ・アメリカに対し、「中国の大学卒業生の失業率は非常に高いため、彼らは工場で働くことにあまり抵抗がない。フォックスコンは良い人材を確保できるだろう」と指摘しました。さらに、中国は過去数年間にわたって米中貿易戦争を経験し、米国の輸出規制による影響を大きく受けています。そのため、中国側がUターンしてきたフォックスコンに対して友好的な態度で接するだろうと話しました。
中国のネットユーザーはフォックスコンが「戻ってきた」ことについて、インド工場のレベルが低すぎるため、仕方なく戻ってきたのだと揶揄しています。しかし、劉氏によると、フォックスコンは長年インドに投資しており、少なくとも3回に渡ってインド企業と共同して半導体産業に参入する計画を立ててきました。フォックスコンが鄭州市に戻ることは、あくまでそのグローバル戦略の一環だといいます。
グローバル企業として、Apple社もESG(企業の社会的責任)の基準に適合することが求められています。労働環境や労働者の質、性差などを考えた場合、新興市場であるインドは、世界の工場と化した中国以上に様々な挑戦に直面しています。そのため、フォックスコンの中国工場はどちらかと言えば一種の保険として考えることもできます。
大卒者が相次いでライン工に
フォックスコンが大規模な求人活動を展開する中で、中国の若者の就職動向にも新たな動きが見られています。中国メディア『新浪新聞』によると、技術的なハードルが低く、採用率が高いため、職場での競争に疲れた多くの大卒生が工場のライン作業に活路を見出しています。
7月に大学を卒業したばかりの陳さんは、重慶のプラスチック製品工場に品質管理員として就職しました。彼はボイス・オブ・アメリカの取材に対し、大学では観光業を専攻していたものの、観光業の業績不振と人脈の乏しさが災いして旅行代理店に就職できず、専門と一致する仕事を諦めたと率直に語りました。
陳さんは、中国の大卒者の多くは仕事が見つからず、専門外の職業に就くことを余儀なくされ、低い給料に苦しんでいると話しました。
観光業を例に挙げると、ある学校の観光学科から200人以上の学生が卒業したにもかかわらず、ガイドを志望する者は一人もいなかったとのことです。
陳さんは、大卒者がライン工になった事例をしばしば耳にすることから、中国の若者の就職状況は悪化の一途だと考えています。ホテル業界の平均月給が2,000元〜3,000元(4万円〜6万円)であるのに対し、工場の月給はそれよりも2,000元高いとのことです。
陳さんは、フォックスコンの求人条件は非常に魅力的であり、「これほど良い条件があるなら、私もぜひ応募したい」と笑いながら話しました。そして、自宅が河南省に近ければ、フォックスコンの面接に参加していたに違いないと話しました。
(翻訳・唐木 衛)