中国当局は7月26日、インターネットサービスを利用するための専用身分証を発行する検討に入りました。実名制をSNSだけでなく、すべてのネットサービスに対象を広げます。利便性向上が目的だとしているが、ネットの統制を強化する狙いもありそうです。
これは、中国当局が国民に付与している身分証番号をもとに、ネット利用専用の「ネット番号」と「ネット証明証」を発行する仕組みです。個人が簡単に特定されるため、言論統制がかつてないほど激しいものになるとの懸念が上がっています。当局は「自主的な申請」であるとしていますが、中国情勢に詳しい専門家は、最悪の場合、文化大革命のような高圧的な社会になると懸念しています。
公安省と国家インターネット情報弁公室が7月26日に「国家ネットワーク身分認証公共サービス管理規則」の草案を発表してから、既に70以上のアプリが試験的な導入を始めました。中国の報道機関「財新メディア」によると、各社のアプリストアでは「国家ネットワーク身分証アプリ」のプロトタイプが公開され、ユーザーは申請すれば「ネット番号」を受け取ることができます。現在は「自由申請」とされていますが、いずれは強制されるのではないかという空気が中国人の間で広がっています。
習近平氏は就任以来、「インターネットも無法の地ではない」と強調してきました。2012年3月16日、中国の大手ITプロバイダーの新浪や捜狐、ネットイース、そしてテンセントが利用者に対し、微博(ウェイボー)を使用する際に実名を登録するよう求めました。2012年末には全国人民代表大会の常務委員会で、インターネットサービスの提供者に対してユーザーに個人情報の提供を義務付ける法案が成立しました。
これまでは「ネット番号」を管理するのは企業でしたが、これからは中国当局がその役割を引き継ぐこととなります。この政策により、中国本土ではネット上での匿名性が完全に失われることとなります。
では、「ネット証明証」には具体的にどのような問題点があるのでしょうか。
言論統制は国家テロリズム
中国時事評論家で、元ジャーナリストの趙蘭健氏は、中国当局が導入を進める新たな「ネット証明証」は「新しい形の言論統制」であり、「国家テロリズム」であると指摘しています。そして、「ネット証明証」制度こそ、基本的人権に対する深刻な侵害の具体例だと述べました。
趙氏は、「このような全面的な統制措置が実施されれば、中国はこれまでにないほどの恐ろしい時代に突入するだろう」と述べました。ネット上に投稿した文字や写真、動画などが全て実際の個人と紐づけられると、警察や中国の公安はそれらの「足跡(デジタルフットプリント)」を辿ることで、発信者を拘束することが可能になるのです。「これでは11億人が鎖に繋がれていることに等しい」と趙氏は述べました。
さらに趙氏は、「ネット証明証やネット番号が導入されれば、中国全土が北朝鮮や文化大革命の時代に逆戻りするような状態になりかねない」と述べました。さらに、誰も真実を語ることができなくなり、虚偽の情報や政府のプロパガンダが蔓延し、中国国民の思想が著しい混乱に陥るだろうと強く警鐘を鳴らしました。
反体制派の声を消す政府の試み
趙氏は看中国の取材に対し、「ネット証明証という政策は、タリバンや北朝鮮よりも残酷で非人道的だ」と強く非難しました。また、ネット証明証の導入は国内のあらゆる反体制派の声を消し去るためであり、ファシズム的な行為だと指摘しました。
趙氏は、「現代中国のネット空間にはわずか自由が残っている。しかし、ネット証明証が導入され、完全に実名化されれば、中国共産党の迫害を受けている人々は声を発する場所を完全に失うことになる」と指摘しました。「ネット上に意見を書き込んでもすぐに公安当局に消し去られてしまう。そうすると、そのような人々の声は誰にも聞かれることはない。最初からこの世界に存在していないかのようになってしまう」と話しました。
趙氏は、言論を封じることはその人を社会的に抹殺することに等しいと考えています。ナチスドイツはユダヤ人やホームレスを虐殺しましたが、共産党は社会の安定のために異なる見解を持つ人々を監禁し、殺害しています。「現代社会において、ネット上の言論を封じ込めることは、人を殺害してさらに死体まで消し去ることに等しい」と趙氏は話しました。
新しい政策により、中国のネット警察の権力がさらに肥大化する可能性があると趙氏は懸念しています。趙氏は、これからは「ワンクリックで一つの家庭の生死を決めるような時代になるかもしれない」と考え、富裕層や共産党官僚もそのような高圧的な支配の犠牲になるかもしれないと話しました。
全中国人を「奴隷化」する制度
趙蘭健氏は、インターネット身分証制度により、現代中国がハイテクの鎖に縛られた現代の奴隷社会に突入したことを象徴していると考えています。
趙氏は、「ネット番号の本当の恐ろしさは、各個人に唯一の識別IDが付与される点だ」と述べています。一つのサイトやアプリで利用停止処分になると、その情報が管理システムに伝えられて、他のサービスまで利用を制限される可能性があるといいます。あらゆるウェブサービスの利用を制限されてしまうと、声を挙げる機会を全て失ってしまうのです。
「中国のネット警察が不満を持つ民衆を一瞬でネット上から消し去ることができるようになるかもしれない」と趙氏は語っています。
また、ネット証明証を管理するアプリは、スマートフォンに保存されている全ての内容を監視する可能性があるといいます。スマートフォン利用者のあらゆる個人情報がネット警察の前では完全に筒抜けになってしまいます。中国当局による個人のプライバシー侵害がさらに激しさを増し、公権力による犯罪をさらに助長するだろうと趙氏は予測しています。
趙氏は、「中国当局はハイテク手段を利用して人々の基本的人権を侵害している」と話しました。監視カメラによる顔認証で移動の自由を制限する、デジタル人民元で人々の消費生活をコントロールするなど、多岐に渡ります。「ネット証明証が導入されたら、人々の思想や言論までコントロールされてしまい、誰も異なる意見を発表することができなくなる」と趙氏は警告しています。
未来はさらに憂慮される
趙蘭健氏は、中国における社会的な矛盾が深刻化するにつれて、中国共産党の言論検閲システムのコストが急増するだろうと述べました。
中国当局は世界で最も多くの検閲担当官を育成し、雇用しています。大量の「五毛党」を育成し、中国国内だけではなく、世界各国の言論環境を歪曲(わいきょく)させています。「すでに全世界に対する脅威となっているのだ」と趙氏は話しました。
中国のネット利用者は11億人近くに達します。中国メディアは共産党の指導下で宣伝工作を担い、「党の喉と舌」と呼ばれます。中国の国民はSNSなどネットからの情報を得ることが多く、中国当局はネット世論の動向に注意を払っています。
中国当局が言論統制を行う根本的な原因は、民衆に対する恐れだと趙氏は分析しています。「経済や内政、外交で失敗が相次ぐなか、中国当局は自身にとって不利な情報を覆い隠そうとしている。しかし、その手段はあまりに非効率的だ」。ネット証明証の導入も言論統制の一環であり、人々の首を鎖につなぐ行為に他ならないのです。
(翻訳・唐木 衛)