中国ではIT大手の百度(バイドゥ)が運営する自動運転タクシーサービス「Apollo Go(アポロ・ゴー、蘿蔔快跑)」が複数の都市で大規模的な試験運用を開始しました。安い価格設定によって集客に成功したものの、依然として安全面や運用面に懸念を残しています。さらに、中国では失業者の多くがタクシー運転手として生計を立てているため、社会的弱者から仕事を取り上げているとの批判もあります。

アポロ・ゴーがもたらす熾烈(しれつ)な価格競争

 現在、アポロ・ゴーは北京や上海、武漢などの20の大都市に投入され、試験運用が行われています。その中でも武漢市が最大の試験運用場となっています。

 従来のタクシーやネット配車アプリと比べて、アポロ・ゴーの最大の強みは非常に安価な価格設定です。武漢市内では、走行距離10キロメートルあたり約4元(約85円)から16元(約340円)となっています。従来のタクシーやネット配車の料金が18元(約380円)から30元(約640円)であることを考えれば、いかに安いかがわかるでしょう。

 また、自動運転タクシーは24時間稼働することができます。これは適度な休憩が必要となる人間の運転手が決して真似できないことです。

 さらに、自動運転タクシーは、乗務員のサービスの良し悪しが問題となりません。日本の洗練されたタクシー会社とは異なり、中国ではタクシーの当たり外れがしばしば問題となります。乗務員の人柄や車内の清潔感、温度調整もときにはトラブルの原因となります。ときには、タクシー運転手が理由をつけて乗客を乗せることを拒否することさえあるのです。一方、自動運転タクシーであれば、乗客は運転手と会話する必要がないため、トラブルを未然に防ぐことに繋がります。

 アポロ・ゴーを体験したというネットユーザーは、自動運転車の加速は比較的スムーズだったと振り返りました。一番重要なのはやはり運賃で、8キロメートル走っても料金はたったの6元(約130円)だったそうです。

アポロ・ゴーの欠点と安全面のリスク

 もちろん、アポロ・ゴーにはいくつもの欠点があります。最も目立つのは、運転するスピードが通常のタクシーに比べて遅いことです。曲がり角に差し掛かった時や車線変更するときの動きはややぎこちないとの声があります。そのため、ときには渋滞を引き起こすこともあるとのこと。アポロ・ゴーの鈍い動きを見た武漢市民は、からかいの意味を込めて「おバカなAI運転手」と揶揄する声もあります。

 アポロ・ゴーは安全性を考慮して、最高速度を制限しているとの指摘があります。さらに、周囲に他の車が接近した際には、アポロ・ゴーが先にスピードを落とし、道を譲る設定になっているといいます。利用客からは、道路状況が混雑すると、アポロ・ゴーは頻繁にブレーキをかけるようになり、それが交通渋滞に繋がっているとの報告もあります。アポロ・ゴーが道路上で動かなくなり、警察がカスタマーサービスに連絡しなければならない事態も発生しています。

 インターネット上に投稿された動画には、自動運転タクシーが地面に落ちている袋に邪魔されて動けなくなり、後続車を全て止めてしまう様子が映し出されています。幸いなことに、心優しいおじいさんが袋を取り除くと、自動運転タクシーは再び動き出しました。

アポロ・ゴーは本当に自動運転なのか?

 人々は長い間、アポロ・ゴーは完全にAIが操縦する自動運転車であると考えてきました。しかし、近日インターネット上に投稿された動画では、人間が自動運転車を遠隔操作する様子が映し出されています。動画によると、アポロ・ゴーには操縦センターがあり、必要に応じて人間が遠隔操作を行うそうです。これを知ったネットユーザーは、いわゆる自動運転タクシーは、ただドライバーの位置を操縦席からオフィスに移し替えただけではないか、との指摘が上がっています。

 オフィスで遠隔操作をする人は「安全員」と呼ばれています。彼らはリアルタイムで自動運転タクシーの走行状況を監視し、異常があれば直ちに車両を操作し、安全を確保します。安全員たちは仕事中、常にモニターを監視しなければならず、一瞬の油断も許されません。目を閉じる時間が3秒を超えると監視システムが自動的に検知し、安全員に仕事を停止するよう要求します。

 長時間にわたるプレッシャーによって、多くの安全員は頭痛や目の疲れ、注意力散漫などの症状に悩まされているといいます。にもかかわらず、彼らの給与は決して高いとはいえず、アポロ・ゴー社が安全員に支払う月給は7500人民元(約16万円)であるとされています。

弱者から仕事を奪うアポロ・ゴー

 中国経済が低迷し、失業率が上昇する中で、自動運転タクシーの登場は多くのタクシー運転手の雇用と生活を脅かしています。中国交通運輸部の統計によると、今年5月31日までに中国のネット配車サービスに登録した運転手の数は初めて700万人を超えました。そこに従来のタクシーを含めると、タクシー業界の雇用はおよそ1000万人に達します。

 武漢市交通運輸局によると、現在武漢市で日常的に運行しているネット配車タクシーはおよそ3万台です。アポロ・ゴーが投入した自動運転タクシーは400台ほどで、市場シェアは1%未満です。しかし、それでも多くのタクシー運転手は、アポロ・ゴーが市場に参入して以来、収入が大幅に減少したと話しています。

 あるSNSの公式アカウントによると、アポロ・ゴーの自動運転タクシー1台につき、1日あたりの顧客輸送件数は最大で20件以上に達します。これは従来のタクシーに匹敵する数です。

 こうした現状について、ある武漢市のネットユーザーが動画とコメントを投稿しました。そのネットユーザーによると、午前11時過ぎに漢口駅でタクシーに乗った際、多くのタクシーが空車でした。タクシー運転手は「今年は本当に厳しい。朝6時から働き始めて、午前中はわずか21人民元(約450円)しか稼げなかった。あなたで2人目だ」と語りました。また、「今後、道路上にはアポロ・ゴーのような自動運転車が増えるだろう。私たち運転手の生きる道は狭まるばかりだ」とも話しました。

 ある中国人インフルエンサーは動画のなかで、AIなどの先端技術は、まず公的書類の発行など、公務員の業務効率化のために使われるべきであり、生きるために仕事をする民衆の仕事を奪ってはならないと指摘しました。

 中国経済が不調に陥るなか、ネット配車サービスや宅配サービスは、多くの中国人にとって最後の生き残る手段となっています。先ほどのインフルエンサーも「私の収入はすでに半減した。これ以上収入が減れば、私もネット配車サービスの運転手になるしかない。今やその道も断たれようとしている」と語りました。

(翻訳・唐木 衛)