経済の不調が続く中国では、一般国民に様々な皺寄せ(しわよせ)がきています。それは大都市で働くホワイトカラーも例外ではありません。
深セン市で働く王さんもその一人です。かつては旅行会社に勤めていましたが、年初に突然リストラされました。米国メディアの取材に対し、王さんは「全てが急すぎた」と話しています。
「高速で走る列車が急停車したようだった。立っている乗客は倒れ込み、座っている乗客も無傷ではない。みなただ唖然とするばかりだ」
ボイス・オブ・アメリカの報道によると、現在の中国では低所得層からエリートサラリーマンに至るまで、あらゆる職業が経済不調の荒波に飲み込まれています。失業者による暴力事件や犯罪の件数は増加の一途をたどり、中国当局は有効な打開策を打ち出せずにいます。
サラリーマンを苦しめるリストラの波
先ほど紹介した王さんは現在40代です。王さんによれば、以前の会社は旅行アプリの業界において、全国でも上位にランクインする大手でした。「中国民間企業番付でもトップ500に入っていた。しかし今ではどこも資金難だ。我が社も売り上げが落ち込み、最終的にリストラをせざるを得なくなった」と語りました。
家庭を持つ王さんにとって、子どもの教育費も重荷となっています。かつて高収入を得ていた王さんは、2人の子どもをタイのインターナショナルスクールに通わせ、妻が現地で子どもの世話をしていました。「タイは生活費が安く、学費も中国国内の私立学校の半分程度だった。失業した今、子どもたちを帰国させるべきか悩んでいる。子どもはすでにタイでの生活に馴染んでいるというのに、どうすべきだろうか」と頭を悩ませています。
7月、中国の大手金融機関に勤める一人の女性職員が減給され、住宅ローンの返済に悩んだ末、ビルから飛び降りました。王さんはこのニュースに衝撃を覚え、彼女の境遇を憐れみました。
「私はそのような道を歩まない。豪邸を買ったわけではないし、一定の貯蓄と投資を行っている。その女性は本当に気の毒だ」と王さんは話しています。
ホワイトカラーの没落は始まったばかりです。香港メディアが中国の大手企業23社の年次報告書を分析したところ、うち14社が2023年にリストラを行っていました。突出していたのは不動産業の「Poly Real Estate(ポリー・リアルエステート)」で、社員の16.3%に相当するおよそ1.1万人をリストラしました。上海に本社を置く不動産ディベロッパーの「グリーンランドグループ」も14.5%のリストラを行い、リストラ対象者は6万人に上りました。大手ECサイトを運営するアリババも12.8%の人員を削減し、およそ2万人が対象となりました。
テンセントは2023年に2.8%の人員削減を行い、3000人をリストラしました。2024年の第1四半期もリストラを行い、630人が対象となりました。このほか、バイトダンスやDiDi、微博(ウェイボー)といった大手企業も相次いで人員削減を計画しています。
中国の就職状況に詳しい台湾国防安全研究院のアナリスト、陳穎萱(ちんえいせん)氏はこのほど、ボイス・オブ・アメリカの取材に応じました。陳氏によると、中国の失業問題は往々にして新卒や一般労働者の問題でしたが、最近では中産階級やエリートサラリーマンも減給やリストラの対象になっているといいます。さらに、銀行や証券といった金融機関も人員削減を計画し、四大会計士事務所のパートナーも8月から減給になる見通しです。
中国共産党系メディアも減給
広東省にある中国共産党系メディアで働く羅さんはボイス・オブ・アメリカの取材に対し、メディア業界も軒並み給与引き下げが行われていると話しました。
「給料の保証がある政府機関紙や地方の(中国)共産党機関紙までもが給料引き下げを始めた。大衆メディア傘下の地域紙や雑誌はさらに悲惨な状況だ。正社員もアルバイトも、手取りが以前の三分の二から半分に落ち込んでいる」
羅さんはメディア従業員が直面する悲惨な状況を話しました。
「給料が減ったのに、思想教育会議は増えるばかりだ。(中国)共産党系メディアだと、文句を言うことさえ許されない。私のような正社員も早く退職金を受け取りたいと思っている。非正規雇用の若者はひたすら耐えるしかない」
中国の銀行員も給料水準が引き下げられています。広州の国有大手銀行で働く張さんは、2024年に入ってから給料の引き下げが一般的になったと話しました。
「中国建設銀行、中国農業銀行のような大手銀行でさえ給与が引き下げられているから、地方の商業銀行はなおさらだ。去年も給料が下がったが、今年の下げ幅はさらに大きくなるだろう。年末にならないと具体的な数字はわからないが、私は2割から3割下がると見込んでいる」
中国の金融業では国有時代の名残が強く、人員削減を行わない代わりに、給料や福利厚生の削減を行うことが多い。例えば、中国国際金融有限公司は2024年第1四半期に人件費関連の経費を43.4%削減し、基本給を最大で25%引き下げました。
失業問題がもたらす時限爆弾
失業問題が顕在化するなか、社会を揺るがす凶悪事件も立て続けに発生しています。6月には東北部で複数のアメリカ人が刺され、蘇州では日本人学校のバスが襲撃に遭いました。中国当局によると、容疑者はいずれも失業者だったといいます。
日本人学校のバス襲撃事件について、当局は、容疑者は他の地域からやってきた失業者であると公式発表しました。このことからわかるように、蘇州のような経済都市であっても、すぐに働き口を確保するのは容易ではないことがわかります。
外国人襲撃事件が発生した背景について、陳穎萱氏は、当局が詳細な情報を公開していない以上、失業が犯行の直接的な原因であることを断定できないといいます。一方、「中国社会は大きな圧力釜のようで、いつ爆発してもおかしくない。今後も凶悪事件が起こる可能性がある」と警鐘を鳴らしています。
台湾のNGO団体「アジア公共文化協会」事務局長の王維克氏はボイス・オブ・アメリカの取材に対し、「失業率が高止まりすると、社会は必然的に不安定になる」と話しました。中国本土では今、失業者数が大きく膨れ上がり、肉体労働者からホワイトカラー、そしてエリート層に至るまでが景気後退の影響を受けており、先行きが全く見通せない状況だと指摘しました。
経済問題に無力な中国当局
7月19日午前、中国共産党中央委員会は記者会見を開き、執政方針や経済施策などについて紹介しました。高官らは雇用について聞かれた際、中国共産党当局は失業問題の解決に向けて努力していると語っただけで、具体的な政策には言及しませんでした。
陳穎萱氏は、中国の経済問題の本質は不動産市場の低迷や消費意欲の減退、政府債務の積み上げ、外資の撤退、そして関税障壁であると指摘しました。これらの根本的な要因を解決せずして、失業問題のみを解決しようとすることは本末転倒であると語りました。
上海の復旦大学教授である于海氏は香港メディアの取材に対し、中国当局は企業の雇用を安定させる政策を打ち出すべきであり、民間企業の政府に対する信頼を損なうような政策は直ちに停止するべきだと話しました。
(翻訳・唐木 衛)