中国経済が依然として低迷するなか、失業者の数は増え続け、失業手当を申請する人も増えています。しかし、中国のソーシャルメディアでは最近、失業手当の返還を当局から求められたとの報告が相次いでいます。
 香港メディア「サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)」は7月4日、深セン市では今年の第1四半期だけで新たに4万人が失業者として登録し、過去最高記録を更新したと報道しました。これは前期比で15%の増加、前年同期比では実に40%も増加したことになります。
 中国では、失業者登録は失業手当の受給資格と深く関係しています。深セン市当局によると、失業手当の受給者数は2023年で21万1500人に上り、前年度と比べると35%増加しました。この数字は、中国の一線級都市における失業者数の増加を如実に表していると言えるでしょう。
 深センに住む李さん(仮名)は、匿名を条件にボイス・オブ・アメリカの取材に応じ、昨年失業した友人の事例を紹介しました。李さんによると、友人は昨年会社をクビになり、失業手当を受け取っていました。同時にTikTokを使って小規模なビジネスを営み、生活は悪くなかったと言います。
 李さんは、「その友人は当時、就職に対する不安はなく、寝そべるのも悪くないと感じていた。お金には困らず、失業手当を貯蓄に回すことができた」と話しました。

失業手当の返還を求める当局

 しかし最近、当局が失業手当の受給審査を厳格化しただけではなく、失業手当の受給者に対して返還を求めているとの情報がインターネット上で広がっています。
 中国のSNS「小紅書(シャオホンシュー、RED)」のユーザーは、深セン市当局が公式ウェブサイトで失業手当の返還額を公表していることに目をつけました。そして、一度失業手当を受け取っても、後から当局に目をつけられると、受け取ったお金を返さなければならないのではないかと推測しました。

 「小紅書」だけではなく、微博(ウェイボー)といった他のオンラインプラットフォームでも、当局が失業者に対して失業手当の返還を求めるといった情報が拡散されています。
 ボイス・オブ・アメリカによると、深セン市政府の公式ウェブサイトでは昨年5月から、失業手当の受給資格が取り消され、返還を求められた人の名前がほぼ毎日のように公表されていました。少ないときには1日に数人、多いときは1日に数十人の名前が公表されていました。対象となったのは、主に2020年から2022年にかけて失業手当を受給していた人たちでした。ペーパーカンパニーを悪用した、すでに再就職したというのがよくある理由でした。
 微信(WeChat)の公式アカウント「越女事務所」は『失業手当が厳しくなった』という記事のなかで、昨年から深セン市民が社会保障当局から失業手当の返還を求めるメッセージを受け取っていると指摘しました。

深セン市の失業保険金はどこへ

 深セン市当局の公開情報によると、2021年の深セン市の失業手当受給者数は12万5200人でした。失業保険基金の収入は34億8500万元、支出は47億8700万元、年末の基金残高は102億4900万元でした。
 しかし、2022年になると、失業手当の受給者数は15万6600人に増加しました。失業保険基金の収入は41億5100万元でしたが、支出は122億400万元に急増し、残高は21億2900万元を残すだけでした。2023年になると深セン市当局は基金残高を公表せず、収支はおおむね均衡しているとだけ公表しました。

 英国ロンドンにあるシンクタンク「パンテオン・マクロエコノミクス(Pantheon Macroeconomics)」で中国経済の分析を担当するシニアエコノミストの林浩波(ケルビン・ラム)氏によりますと、2023年の深セン市の財政収入は2年連続で減少していました。このことは同市の経済的活力が弱まり、税収が減っていることを示していると分析しました。
 林氏はボイス・オブ・アメリカの取材に対し、「一線都市で失業率がこれほど上昇したならば、それは経済活動が一定期間にわたって落ち込んでいることを示す」と語りました。一般的に失業率は6ヶ月から12ヶ月前の経済状況を反映すると考えられているため、経済状況の悪化は比較的早い時期から始まっていた可能性があると述べました。

 台北市にあるシンクタンク「中華経済研究院」第一研究所の劉孟俊所長はボイス・オブ・アメリカの取材に対し、深センは中国でも有数のハイテク都市であり、米中貿易戦争とデカップリングの煽りを直接受けていると語りました。経済発展と雇用をもたらす外資系企業が立て続けに中国を離れるなか、地方政府の財政収入は大きく落ち込み、失業者は増えるばかり。市の失業保険基金が底をついても不思議ではないと述べました。
 市民の間では、深セン市当局が失業手当の返還を求めていることは、市の財政難と関連しているのではないかという憶測が出ています。さらに、失業保険基金の使い道をめぐっても、大きな疑惑があるとされています。
 2022年の失業者数は15万6600人で、失業手当の支給額は多めに見積もっても40億人民元です。しかし政府のデータによると、支出額は122億元でした。では、残りの82億元はどこに消えたのでしょうか。

当局が失業者数を隠蔽か

 劉孟俊氏はこうした状況について、失業登録をした人数と失業手当の受給者数の間に一定の乖離(かいり)があると考えています。つまり、公式データには反映されていないものの、失業手当を受給している失業者が多数存在する可能性があるのです。
 あるネットユーザーは自身の体験を語りました。
 「深センで失業者として登録をした後、担当の係員から電話がかかってきた。『何のために失業者登録したのか』と聞かれた。『失業手当を申請するためだけなら登録しなくてもいい。私が申請を取り消しておくよ』と言われた」
 劉孟俊氏は、このネットユーザーの話には一定の信憑性があると考えています。すなわち、失業者を管理する政府のシステムには何らかの不具合があり、または人為的に失業者数を隠蔽している可能性もあります。失業保険基金の異常な支出も、統計に現れない「隠れ失業者」を考えれば不思議ではないでしょう。

 劉孟俊氏は、中国当局は面子(メンツ)を非常に重視していると指摘しました。公開して恥をかくような見栄えのよくないデータであれば、中国当局は公開する前に改ざんを行うだろうと述べました。
 失業保険基金の不自然な減少について、劉孟俊氏は、基金が投資に転用され損失を被った可能性もあると指摘しました。また、基金のシステム維持費や管理費などのコストが想定以上に高く、目的外の経費がかさんだ可能性もあると述べました。
 特に2023年末の基金残高を公表しなかったことについて、劉孟俊氏は、政府が情報統制を図っている可能性があると指摘しました。
 劉孟俊氏は「深セン市の経済は一つの指標だ。深センがこのような悲惨な状況に陥ったいま、他の二線、三線都市の経済状況はもっとひどいだろう」と述べました。
 林浩波氏は、深セン市政府が回収できる失業手当はほんの一部に過ぎないと考えています。そして、中国経済がさらに悪化すれば、当局は中国国民からお金を巻き上げるために手段を選ばなくなるだろうと危機感を示しました。

(翻訳・唐木 衛)