中国のIT大手「百度(バイドゥ)」が展開する自動運転タクシーサービス「Apollo Go(アポロ・ゴー)」は、最近北京や武漢などの大都市で相次いでサービスを開始しました。「激安」な価格は多くの顧客を集めた一方で、数百万人のタクシー運転手に不安や失業の懸念を抱かせています。
自動運転タクシーの登場
百度が自動運転タクシー「アポロ・ゴー」のサービス開始を公表すると、関連ニュースはポータルサイトの人気ランキングに次々と登場しました。公共交通並みの低運賃は多くの乗客を引きつけ、話題となっています。
ネット上にアップされた動画では、自動運転タクシーの利用者の男性が興奮気味にこうに語っていました。「10キロ走ってたったの3.9元(約84円)。これからはもう車を買う必要はないだね」
中国メディアによると、「アポロ・ゴー」が大規模なサービス提供を始めたのは今年の5月で、武漢市だけで1000台の自動運転タクシーが運行しています。「自動運転タクシーに乗って、武漢市を巡ろう」というスローガンどうりにアポロ・ゴーは今や武漢市の名物となりつつあります。
利用方法は簡単です。乗客はスマートフォンアプリで車両を呼び、タクシーが到着したら電話番号を入力してドアを解錠します。後部座席に乗り込み、運行開始ボタンをタップすると、タクシーは自動的に目的地に向かいます。
アポロ・ゴーは広州市にも進出しました。地元メディアによると、広州市の地元政府の補助金のおかげで、利用料金は非常に低く抑えられています。運賃はおよそ1キロあたり0.5元(約11円)で、自家用車よりも安上がりです。
しかし、アポロ・ゴーには多くの欠点もあります。速度が遅い、道路で急停止する、路上で歩行者と衝突して交通事故を引き起こすといった問題がすでに報告されています。市民の間では「おバカなAI運転手」と揶揄する声もあります。
こうした問題があるにもかかわらず、極端に安い料金設定と24時間利用可能という利点から、利用者数は急増しています。百度が5月に発表した第1四半期の財務報告によると、4月19日時点で自動運転サービスの利用数は約82.6万件にのぼり、前年同期比で25%も増加しました。
現在、アポロ・ゴーは北京や上海、重慶、深センといった大都市でも自動運転のテストを行っています。
タクシー業界は存亡の危機
中国経済が低迷し失業率が高止まりする中、多くの失業者はネット配車サービスやタクシーの運転手として生計を立てており、その数はここ数年で増加の一途を辿っています。中国のネット配車情報プラットフォームによると、各地で発行されたネット配車サービスの運転手証明書は、2020年10月の254.5万人分から今年4月には540.6万人分に急増しました。増加率は112.4%に達しました。
こうした中、アポロ・ゴーの進出にネット配車アプリの運転手は不安を覚えています。格安な自動運転タクシーが普及すれば、生計の頼みの綱を断たれるかもしれないと考えています。
タクシー業界も危機感を募らせています。武漢市のタクシー業者は近日発表した公開書簡の中で、伝統的なタクシー業界は存亡の危機にあると強調しました。タクシー業界はすでにネット配車アプリによって圧迫されており、自動運転タクシーが登場すればいよいよ死活問題になると指摘しました。
中国の経済メディア「財聯社」の取材に応じたタクシー運転手は、「(自動運転タクシーが)大量に投入された場所では、ほとんどお客さんを拾えなくなった」と窮状を訴えました。
多くのタクシー運転手やネット配車アプリ運転手は、アポロ・ゴーの投入後に乗客数や売り上げが減少したと主張しています。以前であれば10時間勤務して400元(約8700円)の収入が得られたのに対し、最近では300元(約6500円)に減少したとの声もあります。
中国企業の悪しき「伝統芸能」
中国企業には多くの悪しき伝統芸能があります。その1つが、業界に新規参入する際、まず価格破壊を引き起こして競合を排除し、市場を独占したところで急激な値上げをするというものです。
中国本土在住の劉さんは海外メディア「大紀元」の取材に対し、「現在、多くの大学生が失業しており、食事の宅配サービスやネット配車サービスで生計を立てている」と語りました。アポロ・ゴーが登場してから、多くのネット配車サービスの運転手が仕事を失い、再び失業状態になっているということです。
劉さんによると、中国の大手タクシー配車アプリ「DiDi(滴滴)」がサービスを開始した際も同様の手法を使いました。「当時、DiDiも最初はバスと同じくらいの価格だった。1元もしくは1元以下、時には無料で乗ることができた。このような状況は長く続き、やがて小規模なタクシー会社はみなDiDiに吸収合併された。市場を独占したDiDiは徐々に価格を引き上げた。最初は3元に値上がりしても通常のタクシーより安かったので利用者はその価格を受け入れた。通常のタクシーは8元で、まだネット配車サービスが安かったのだ。その後、ネット配車サービスの運賃は5元以上になった。それでもタクシーより安かったのだ。そして、DiDiが市場を完全に独占した後、運賃は通常のタクシーよりも高い9元以上になった。この時点で、私たちは通常のタクシーを捕まえようとしても、タクシーがほとんど走っていないことに気付いた。タクシー業界がDiDiに独占された以上、例え値段が高くても利用せざるを得ない。現在、アポロ・ゴーは登場したばかりで、値段は安く設定されているが、それは市場を奪うための手段に他ならない」
中国当局が自動運転タクシーを推進する理由
では、なぜ中国当局は自動運転タクシーを推進するのでしょうか。カナダ在住の時事評論家である文昭氏は、アメリカの関税障壁に直面する中国当局がハイテク産業の発展を通じて経済成長を促そうとしている可能性があると分析しています。自動運転タクシーは、中国当局が伸ばそうとするハイテク産業の一環だというのです。
文昭氏によると、習近平氏は一国の力を特定の分野に全集中し、技術力で世界をリードしようとする野望を持っています。技術分野で競争力をつけることが、中国経済および中国当局の生存の道だと考えているのだと分析しています。
アメリカ在住の時事評論家である江峰氏は、百度が運営するアポロ・ゴーには2つの欠点があると指摘しました。1つ目は技術水準が高くないこと、そして安全性に欠陥を抱えていることです。
そもそも、百度のアポロ・ゴーは完全な自動運転ではないという指摘があります。武漢市の場合、200人のリモートセーフティオペレーターが配置されており、彼らが市内の1000台の自動運転タクシーを操作しています。もし自動運転タクシーが走行中に異常をきたした場合、リモートセーフティオペレーターはネットワークを通じて当該車両を操作します。したがって、百度の自動運転タクシーは真の意味での完全自動運転を実現しているわけではありません。さらに、アポロ・ゴーの自動運転能力には限界があり、すでに何件もの交通事故が発生しています。
このような欠点があるにもかかわらず、なぜ中国当局はアポロ・ゴーを積極的に推進しているのでしょうか。江峰氏は、1980年の韓国で起きた光州事件と関係があるのではないかと推測しています。
軍事政権下の韓国で起きた光州事件は、タクシー運転手の助けを借りた外国人記者によって国際社会に暴露されました。江峰氏によると、この出来事を知った中国当局は、国内にいる数百万人のタクシー運転手やネット配車サービスの運転手が、共産党政権崩壊の導火線になるのではないかと恐れています。自動運転タクシーの導入はまさにこのリスクを打ち消すためであり、中国当局はタクシー運転手やネット配車サービス運転手という職業を消滅させようとしているのではないかと推測しました。
(翻訳・唐木 衛)