『絵本百物語』に描かれた葛の葉(パブリック・ドメイン)

 日本社会においては、文化・信仰と言えるほど狐に対して親密である(注1)と言われています。

 本文では、日本社会に定着している狐霊力、狐信仰、狐憑きといった伝承について簡単にまとめ、狐文化とはなにかを見てみたいと思います

一、狐についての伝承

 日本には、狐にまつわる民話、伝承等が多く語り継がれ、社会に広く深く行き渡っています。そこに登場する狐を大別すると、狐が人間の女に化けて人間の男と暮らし、子供をもうけ、遂には離別をするという女房型と、狐が人間の女に化けて、人間の男を誘惑し、悪事を働く陰気の妖獣とする二種類に分けられます。

 代表的な伝承を三つ見てみましょう。

1)「狐を妻として子を生ましめし縁」

 日本の狐と人間について最初の伝承は、『日本霊異記』の上巻第二話の「狐を妻として子を生ましめし縁」だと言われています。

 欽明天皇の御世(540~571年)に、美濃国大野郡の男が野中で美女に遇った。二人は意気投合して、一緒に暮らすこととなり、一人の男の子までもうけた。ところが、この家の飼犬はいつも女に吠えかかっていた。ある日、家の飼犬が女を喰い殺す勢いで追って来るので、恐れた女はついにその本性を現わし、狐となって屋根に上ってしまった。男は驚いたが、「お前との間には子供も生まれたから、俺は忘れられない。 いつでも来て寝るがよい」と言った。

 これは「きつね」の語源を説いたものとも解説されています。

2) 「葛の葉物語」

 美濃狐の話から発展したのが、江戸時代の歌舞伎『芦屋道満大内鑑』 などに登場する葛の葉の話です。

 村上天皇(10世紀)の頃、信太の森の狐は、安倍保名(あべのやすな)という人に命を助けられた。狐は葛の葉という娘に化けて、保名の妻となった。二人の間には童子丸という男の子が生まれたが、ある日、葛の葉は、庭に咲く美しい菊に心を奪われ、自分が狐であることを忘れ、うっかり正体のしっぽを出した。正体がばれた葛の葉は、「恋しくば たずね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」という一首を残して森へと去っていった。

 童子丸は成長し、後に高名な安倍晴明という陰陽師になった。

童子丸(安倍晴明)に別れを告げる葛の葉と、母にすがる童子丸の姿を描いたもの(月岡芳年『新形三十六怪撰』より「葛の葉きつね童子にわかるるの図」)(パブリック・ドメイン)

 二つの話の共通点は、狐を人間の世界の中に持ち込み、悲劇的な要素を加え、美しい母親と愛らしい幼児が生き別れるという内容であることです。「この悲しい子別れをする狐は、日本人にとってたまらない魅力だった」(注2)とも説明されています。

3)殺生石の九尾の狐伝説

 女房型とは対照的に、九尾の狐という陰気な妖狐も登場しています。

 九尾の狐は、まず中国で妲己に変身し、商の最後の紂王(紀元前11世紀)の后となり、商の滅亡をもたらした後、天竺に渡り、耶竭陀国の班足太子の妃・華陽夫人として現れ、暴虐の限りを尽くした。妖狐は正体を見破られた後、再び中国に逃亡し、周の幽王の后・褒姒となり、周を滅亡させた。

 8世紀になると、九尾の狐は遣唐使の船に乗って日本に渡り、玉藻前として現れた。その美貌と博識から鳥羽上皇に寵愛されるようになったが、上皇は次第に病に伏せるようになった。その後、九尾の狐は、陰陽師に正体を見破られ、退治され、巨大な石に化身した。石は毒気を撒き散らして人や生き物の命を奪い続けたため、殺生石と呼ばれるようになり、1385年には、ついに玄翁和尚によって打ち砕かれた。

 悪の存在として語られている九尾の狐は、中国の妖狐説の影響を受けていると考えられます。中国では、百年、千年生きた狐が妖術を獲得し、美しい女の姿に化けて男性と交わることで精気を吸い取るという伝承があるからです。

 日本の狐文化を概観すると、民話や伝承に現れる狐はバリエーションに富んでいますが、悪なる存在として批判されているものは決して多いとは言えません。そこから、日本人の狐に対する柔軟な態度を窺い知ることができると言えるでしょう。

二、稲荷神と狐

 稲荷神社と言えば、狐を連想します。稲荷神社には、赤い前掛けがつけられ、様々な表情をしている狐が置かれており、もう少し大きな稲荷神社の裏に行くと、さらに大量の狐像が置かれている光景が目に映ります。現在、日本全国の三万社あまりもある稲荷社の中に狐像があると言われています。

 全国の稲荷神社を総括する京都伏見稲荷大社は、祭神は「宇迦之御魂神」であり、狐はその使者とされているに過ぎないと言っていますが、現実には、「稲荷と言えば狐、狐と言えば稲荷が連想されるほど、日本人の心の中に、稲荷と狐は相即不離の関係にあり、稲荷即狐なのである」(注2)と言われ、稲荷は狐の異名にさえなっています。

 人々が狐の格好をして盛大な行列をなす祭礼もよく行われています。中でも、東京都北区の王子狐行列が有名です。大晦日の夜になると、数百人が、狐の面をかぶり、狐火を表した黄色い提灯を手にし、装束稲荷神社を出発して、王子稲荷神社まで練り歩きます。その際に、大勢の見物客が集まり賑わいを見せます。

 狐がこれほど脚光を集め、神使として信仰され、拝まれるのは、日本特有な光景ではないでしょうか。

三、狐憑きについて

 狐憑きとは、狐の霊が人間の体に乗り移ることです。

 日本では、狐、蛇、犬神などの霊が人に憑くことも根強く信じられています。

 狐憑きは、精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間で多く見られると言われ、憑かれるとキツネのような行動をしたり、有らぬことを口走ったりするという異常行動が現れるそうです。それは発作性、ヒステリー性の精神病だと説明されています。            

 症状が出た場合、すでに重症化していますが、多くの場合、人間は憑き物に取り憑かれても、それに全く気がつかないように思われます。なぜならば、憑き物は肉眼で見えず、人間の他の空間にある身體に憑依するからです。

法橋玉山画『玉山画譜』にある狐憑きの(パブリック・ドメイン)

 狐、イタチ、蛇などの動物が人間に憑依するのは、太古の昔から現代まで、また洋の東西を問わず見られることで、迷信ではありません。憑き物が人間の体に取り憑くのは、人間の精気を吸い取るためだと言い伝えられています。人間がよくない考えや貪欲といった陰性の場を持っていれば、ましてや、狐などを拝んだり、祀ったりすると、憑き物が人体に乗り移る可能性があると考えられています。

 ちなみに、2022年3月5日、栃木県那須町の殺生石が真っ二つに割れました。コロナ禍が流行っている中で起きたことで、「不吉な予感」とか「封印が解かれたか」とか、様々な憶測が飛び交っていました。

 狐妖が再び暴れ出したのでしょうか。やはり警戒した方がよいのではと思いました。

参考文献

(注1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「日本の文化における狐」

(注2)吉野裕子・「ものと人間の文化史 狐 陰陽五行と稲荷信仰」法政大学出版局

(文・一心)