普段、我々が何気なく使っている言葉の語源を辿ってみると、その言葉には、長い歴史と豊かな文化が織り込まれていることが分かります。
例えば、「馬鹿」「太公望」「完璧」……など、中国起源の言葉は数多くありますが、それらはどうやって生まれ、どう変化してきたのでしょうか?
本文では、以上の三つの言葉にまつわる歴史物語をまとめてみました。
一、当て字「馬鹿」の由来
広辞苑では、「バカ」という言葉は、サンスクリット語(梵語)のmoha(無知)という言葉から転じた語で、古くは僧侶の隠語として使われ、「馬鹿」は当て字であると説明しています。
「馬鹿」という漢字を音読みすると「ばろく」になるはずですが、何故「馬と鹿」を「バカ」の当て字にしたのでしょうか。
それは、司馬遷の『史記』「秦始皇本紀」の故事「鹿をさして馬となす」に由来すると言われています。
秦の始皇帝に仕えていた趙高(?〜紀元前207年)は、権力欲の塊のような人物でした。紀元前210年、始皇帝が死去した後、彼は丞相(じょうしょう)となり、幼い2世皇帝を擁立しました。
以前から謀反を起こそうと考えていた彼は、群臣が自分の意志に従うかどうかを試してみようと思い、ある日、鹿を2世皇帝に献上しました。
趙高は「皇帝陛下、これは珍しい馬でございます」と言いました
皇帝は笑いながら、「丞相はバカだなあ、鹿を指して馬と言っているよ」と左右の大臣らに同意を求めました。
周りの大臣らの反応は様々で、黙って何も言わない人、趙高に追従して「確かに珍しい馬です」と言う人、「いいえ、これは鹿でございます」と正直に言う人もいました。
その後、趙高は正直に鹿だと答えた大臣たちを、法に違反したとして投獄したり、処刑したりしました。そのため、大臣らは、みんな趙高を恐れて、彼の言葉に逆らう者はいなくなった、という話です。
「鹿を指して馬と為す」の本来の意味は、物事の是非を逆にする、白黒を逆転させるということですが、そこから「馬」と「鹿」の二文字を取り出して、愚かな人を表す「バカ」の当て字にするとは、先人たちの知性と感性が表れ、ユーモアセンスに富んでいます。
二、「太公望」はどんな人?
釣り好きな人や釣りをする人のことをよく「太公望」と言いますが、それは何故でしょうか。
「太公望」は、紀元前11世紀頃の中国に実在した人物・姜子牙(きょうしが)のあだ名で、『史記』の「斉太公世家」に記載されたエピソードに由来します。
殷の紂王の時代に生きていた姜子牙は、知識や見識に優れているにもかかわらず、その才能を生かすことなく、隠遁生活を送り、毎日のように渭水で釣り糸を垂らし、釣りをしていました。
姜子牙の釣りは、餌もつけず、まっすぐな釣り針を水面より上に垂らしてやっていました。彼はそこで釣りをするのではなく、賢明な君主との出会いを待っていたのです。
ある日、周文王は猟に出る前の占いで「獲物ではなく人材を得る」というお告げを受けました。渭水で釣りをしていた姜子牙を見て、「我が祖父(太公)の代から待ち望んでいた逸材だ」と喜び、軍師に招きました。それ故、姜子牙は「太公望」と呼ばれるようになりました。
軍師として迎えられた姜子牙は、期待を裏切らず、殷王朝を倒し、周王朝を建てるのに大きく貢献しました。
姜子牙が文王と出会った際に、釣りをしていたことから、日本では釣りをする人や釣りが好きな人を「太公望」と呼ぶようになったそうです。
三、「完璧」にまつわるエピソード
「完璧」は、一つも欠点がなく、完全無欠なことを意味します。
「完璧」の「璧」は中国古代玉器の一つで、祭祀や王権の象徴として使われていました。「完璧」の本来の意味は、「傷のない玉(璧)」のことです。
「完璧」の語源は、『史記』の「廉頗(れんぱ)・藺相如(りんしょうじょ)列伝」に由来します。
中国の戦国時代、趙国に「和氏の璧」(かしのへき)という宝玉がありました。 秦の国王はそれを欲しがり、「15の城」と交換しないかと持ち掛けてきました。
趙国にとって、絶対的な力を持つ秦の国王の要求を呑まなければ、秦の怒りを買い、侵略の口実を与えてしまう可能性がある一方、要求を呑んだとしても、本当に秦が15の城をくれるかどうかは疑わしいところでした。
どうしたらよいか議論がまとまらない中、家臣の一人が「藺相如という切れ者がいます」と趙国の恵文王に進言しました。
紀元前283年、交渉役に抜擢された藺相如は、秦に入り、秦の国王と対面して交渉すると、最初から15の城を差し出すつもりはなかったことが分かりました。その後、藺相如は敵国の秦から命がけで、「和氏の壁」を傷一つ付けることなく持ち帰ることができました。
この出来事から、璧を完うして帰る、つまり「完璧」という言葉ができました。
日常会話に頻繁に登場するごく普通の言葉には、これだけの歴史、文化、先人の知恵が凝縮されていることを思うと、言葉の奥深さ、楽しさを改めて実感し、言葉を大事にしなければならないと思いました。
(文・一心)