神韻芸術団2023年の世界巡回公演で、『和尚魯智深』の題名で、「花和尚」魯智深(ろ・ちしん)の物語を舞台で取り上げました。
義侠心に厚い魯智深は、人助けをしてトラブルに巻き込まれてしまいます。窮地に立たされた彼は寺院に逃げ込み、出家することになりましたが、僧衣を身に纏っても、大酒を飲み、喧嘩早いという気質が変わりません。ある日、彼はまた、地元のならず者たちを懲らしめ、さらに酒に酔ったせいで、寺院から追い出されてしまいました。一方、リベンジに燃えるならず者たちは、悪徳役人に賄賂を渡し、魯智深を死刑にしようとしました――。
14世紀、明の時代に書かれた小説『水滸伝』に登場した型破りな豪傑・魯智深(ろ・ちしん)。神韻芸術団の舞踊劇で、世界中の観客たちがその物語の結末に歓声を上げ、彼の物語は再び注目を集めました。
魯智深はかつて経略府の提轄(ていかつ)で、元の名前は魯達(ろ・たつ)であり、梁山歩兵軍の指揮官でもありました。人生の浮き沈みを経験し、何度かの生と死を経験した後、魯智深は俗人の姿で仏門に入り、仏教と俗世の間をさまよいましたが、ついに執着を捨てて証果を悟りました。ここからは、魯智深の波瀾万丈(はらんばんじょう)の物語を三部にわたってご紹介します。
有りの儘に事を行い、「真」を貫く本心を失わない
『水滸伝』第三章の冒頭で、渭州(いしゅう)経略府の提轄として、魯達が初登場しました。彼は頭には万字(まんじ)の頭巾を巻いており、頭の後ろから二つの金環(きんかん)をぶら下げて、身に着けるのは緑色の戦袍(せんぽう)に青色の打ち緒(うちお)、そして両足には黄色の革靴を履いています。丸い顔にまっすぐな鼻と四角い大きな口、身長八尺、胴囲(どうい)五尺のひげ面で屈強な大男でした。
初登場から雄々しく威厳がある姿で周りを震え上がらせる魯提轄。普通の人が彼を見たら、間違いなく近づかないでしょう。しかし、茶寮で人を探していた史進(し・しん)は豪傑であるため、初対面の魯達に自ら声を掛けました。魯達から見ても、史進がたくましい男であり、旧知に会ったように感じました。少しだけ話してから、魯達はますます親友の縁を感じたので、史進の手を握り、そのまま酒屋へ行きました。途中で史進の旧友、薬売りの李忠(り・ちゅう)に偶然会い、魯達は二人を連れて酒を飲みに行きました。
酒屋で誰かの泣き声を聞いた魯達は、怒りを晴らすために杯や皿を手当たり次第に投げつけました。問い詰めると、それは酒屋で歌っていた旅芸人の金氏の父娘だったことが分かりました。
金氏父娘は、地元の「鎮関西」と名乗る鄭(てい)という名の肉屋にいじめられていたのです。鄭はまず金氏の娘を妾として嫁がせ、その次、身代金として3000貫(かん)を要求しました。金氏父娘は、鄭の脅威から逃れるためにやむを得ず酒屋で旅芸人をしてお金を稼いでいたのです。
魯達は役人として、当然ながら民の苦しみを無視することはできません。金氏父娘が自分の苦情を涙ながら訴えた後、彼は酒興(しゅきょう)が邪魔された怒りから、悪を憎む怒りに変わったのです。正義を推し進めるため、魯達は鄭を殺すぞと何度も叫んだが、史進たちの説得で落ち着きました。軽率に懲悪することはできないので、魯達は苦境にある金氏父娘をどう助けるかについて冷静に考えました。彼はまず史進と一緒に15両の銀を集め、それを故郷に帰る旅費として金氏父娘の二人に与えました。
魯達のこの一連の言動は、「無謀で衝動的で心配性で横暴な男」のように世間的には見えるかもしれませんが、読者は依然として魯達に敬意を表します。彼の行動は一見勝手なように見えますが、実はその善良な本性によるものなのです。そして、自分の心に従い、「真」を貫き行動するには、大きな勇気がなければできません。また、その「真」の本性のほか、初対面の友達にも熱心に接し、苦しむ人を見ると心からの怒りと助けようとする魯達の「善」も見えてきます。だからこそ、魯達の一連の言動を読んだ読者たちは、魯達に対する敬意と好意が止まりませんでした。
大まかなようで細かい道理を弁える
人を助けるには最後まで助ける。それが魯達の行動の基準です。
翌日、東雲の時、金氏父娘がまだ荷物をまとめている間に、魯達は再び酒屋に入ってきました。別れを告げるというのは建前で、本当は二人を安全に援護するつもりでした。魯達は無謀に見えましたが、明鏡のように人をはっきりと見ています。金氏父娘の脱出の成功には、彼の武力と正しい気風なしにはできません。しかし、結局彼は二人にいつまでも付き添うことができないので、魯達がいないと、酒屋の店主が鄭を怖がって二人を行かせてくれないだろうと、魯達は予想していました。そのため、魯達は早めに酒屋に二人を迎えに行きました。
二人が酒屋から離れたことを酒屋の給仕が鄭に知らせないため、魯達は酒屋の前で長椅子を置き、四時間もの間じっと座っていました。魯達は血の気の多い男で、お酒を持っていたら必ず飲むし、怒りを感じたら必ず我慢せず怒ります。ですが、今の彼は静かで、山のように安定していて、静かに酒屋の前でじっと座りました。この行動は彼の普段の振る舞いとは全く異なりますが、それは弱い人や困っている人を助けようとする心と一致します。必要な時に、魯達は血の気を抑え、不動明王のように変身できたのは、金氏父娘のことだけを考え、彼らに旅の安全を確保したいからなのです。
金氏父娘が鄭と他の者たちに追いつかられないほど遠くまで行ったと判断したら、魯達はようやく酒屋を立ち去りました。しかし、金氏父娘を助けることはまだ終わっておらず、本当に金氏父娘を助けるためには、彼らが故郷に帰り、平穏な生活に戻ることを確実に保証しなければなりません。そのため、魯達は鄭の肉屋に行きました。彼は、赤肉のひき肉を10斤、脂身のひき肉を10斤、そして軟骨のみじん切りを10斤ずつ注文しました。
鄭は店を開くとすぐに、魯達にせがまれました。鄭は弱い者をいじめ、何もないところから身売り証文をでっち上げて、騙したり奪ったりすることが出来るから、魯達が意図的に挑発していることはとっくに見抜いていました。しかし、魯達の役人の地位と抗えない威勢のため、鄭は怒りを飲み込み、ひき肉をひたすら作るしかありませんでした。
数時間ものひき肉つくりに耐えられなくなったとき、鄭はようやく凶暴な本性を見せ、冷笑しながら「提轄様は僕をからかうために来たのでは」と言いました。
魯達も火に油を注ぐかのように、出来上がったばかりのひき肉を鄭の顔面に投げつけました。鄭は激しい怒りが心の中にめらめらと燃え盛って、肉切り包丁を手に取り、命懸けで魯達とやり合おうとしました。
ところが、魯達にこの一連の動きの裏に考えがあることを、鄭は全く知りませんでした。二人は赤の他人であり、昔からの恨みなどはありませんでした。魯達が意図的に鄭を挑発するのは、鄭が金氏父娘の逃亡を発見するのを遅らせるためのほか、鄭の理性を失わせて先に手を出させ、次に自分が「正当防衛」であるとみなされるように仕掛けるためでした。
そしてそのすべては魯達の計画通りに進みました。鄭は右手に包丁を持ち、左手で魯達を掴もうとしましたが、魯達は慌てることなく、その勢いでに鄭の左手を押さえて鄭を地面に蹴り倒しました。
ただの蹴り倒しでは気がすみません。魯達は鉄のような拳を握り締め、鄭を地面に踏みつけ、罵声をあげました。たかが肉屋ごときで「鎮関西」を名乗る資格がないと叱責し、庶民の娘を強制的に嫁がせるなど、やっていることは極悪非道の悪事だと、鄭を叱責しました。昨日まで抑えていた怒りがこの瞬間ついに爆発しました。魯達は鄭の顔を三度も殴り、一撃で鼻が曲がり血が吹き出し、もう一撃で眉骨が折れ、最後の一撃で、鄭は動けなくなり魂が抜けました。
はじめはただの警告として鄭を殴りたかったのですが、力加減をするのは難しくなってしまい、鄭はどんな強くても耐えることができませんでした。その瞬間、魯達はとっさによい知恵が出て、鄭の死体を指差して「死ぬまねをするな、俺はあんたに後でゆっくり話し合うぞ」と再び罵り、何事もなかったかのようにその場を立ち去りました。
家に帰ると、魯達はもう穏やかにいられず、急いで持ち物や衣服をまとめ、身を守るために短い棒を手に取りました。鄭の家族は鄭の死を知り、魯達を訴えようとしたとき、魯達はすでに姿を消していました。
魯達は生来の正義感から鄭を拳骨三発で撲殺しました。親類も友人も全くいない金氏父娘に対して、魯達は、彼らを救出しただけでなく、彼らの安全を守るために、提轄としての安定した気楽な生活を捨て、逃亡の道を歩みはじめました。彼は罵ったり、殴ったり、殺したりすることも、すべて自分のためではなく、心の中で信じていた「正義」、つまり、悪を懲らしめて善を促進する「侠気」を貫くためだったのです。
(つづく)
(文・柳笛/翻訳・宴楽)