小麦(イメージ / Pixabay CC0 1.0)

 伝説によると、人類が存在した初期の頃、人々の生活は非常に豊かでした。その理由の一つは、当時の穀物の収穫量が非常に高かったのです。それは、穀物の穂が非常に大きく、特に小麦の場合は、茎の根元から穂ができて、小麦全体が一つの大きな穂となっていました。

 しかし、どれくらいの年月が経ったころからでしょうか? 人々はますます愚かで、物欲に満ち、貪欲で争いに明け暮れ、その善心も次第に失われていきました。これらを見た神は、人々に警告を与え、彼らが目を覚まし、本来の本性に戻れるようにしたいと考えて、神々を派遣させ、人間の姿に変えて世界中を巡回させました。

 不作の季節に、ある場所ではまだ小麦は緑々として黄色くなっておらず、収穫できません。ある村に、物乞いの老人がやってきました。その老人は骨と皮だけで痩せこけ、服はぼろぼろで、顔は汚れていて、悪臭が漂っていました。杖をつき、片手には割れた椀を持ち、村の家から家を歩いてまわり、自分の不幸や物乞いをする理由を話し続けました。しかし、どの家庭もその老人に食べ物を分け与えることはありませんでした。

 この不運な老人が、村外れの最後の家で物乞いをしようとしたとき、その家の庭にいた賢い大きな犬には、この老人の本当の姿が見えました。その犬は主人の家に向かって吠え始め、老人に食べ物を与えるように主人に促しました。家主は、犬が突然吠えたのを聞いて、何かあったのかと急いで外に出てみると、そこに物乞いの老人が立っていました。しかし家主は、気にも留めず家に戻ろうとしました。その光景を見た犬は、ますます焦って吠えました。家主は、犬が物乞いの老人を拒んでいると思い、その老人を追い払おうとしました。

 老人は平然として何の恨みをもつことなく、家々を回って話したことをこの家の主にも話しました。自分は何日も食べておらず、少しでいいので残り物を分けてくれるよう懇願し、家主に「飢えたときに一口与えることは、満腹のときにバケツ一杯分を与えることよりも価値がある」と言いました。

 しかし、この家主はその言葉を聞いても、憐れみの心を持つことなく、冷たく老人を追い払いました。犬は心配そうに主人の周りを回り、鳴き続けましたが一向に効果はありませんでした。老人は立ち去りながら「人間がこれほど善心に欠けているなら、後になって後悔しても手遅れだろう」と静かに言いました。その言葉を聞いて少々驚いた家主は、老人の後をついて行き、村の人々もその後を追いました。老人が小麦畑に入って行くと、何やら呟きながら、2本の指で小麦の根元から穂を摘み、上に引っ張り上げるのが見えました。老人が穂を摘み上げると同時に、畑のすべての小麦の穂が短くなり、どの畑の穂も、みな短くなっていきました。

 人々はその光景に驚愕し、ある者は考え込み、またある者は後悔の念を抱くようになりましたが、実際には誰も何も行動を起こしませんでした。そして、あの家主も、まだ目を覚ますことなく悔い改めることもありません。おそらくは「この畑がなくなっても、他の畑がある。今年の収穫がなくても来年があるし、私の家にはまだ食料の備蓄がある」と考えていたのかもしれません。しかし、犬はこのことが重大な結果をもたらすことを知っています。犬は主人が気づかずにいるのを見て心配し、老人の手が穂を摘みあげ、どんどん小麦の穂が短くなっていくのを見ると、犬は足を踏ん張って老人の前にひれ伏しました。そして地面に頭を下げ、涙を流しながら、世俗に迷っている人々に食べ物を残してほしいと懇願しました。老人は事態がこのようになり、人々が目を覚まし始めているのを見て、また、犬の誠実さと善の心に触れて、しばらく深いため息をついた後、小麦の穂を摘み上げる手を離し、立ち上がって去っていきました。

 以後、小麦の穂は今のような姿になり、人間には飢饉が頻繁に起こるようになりました。人々はこの教訓を忘れないために、この物語を語り継いでいます。忠実で善良な犬を称えて多くの地域では今もなお、神に捧げる儀式が終わった後、まず犬に餅や包子などの小麦粉の食べ物を与える慣習が受け継がれています。

 千古以来、善悪の報いについてのこのような物語は人々に警告し、良心と善意を教えてきました。自分自身や後世に取り返しのつかない後悔を残さないようにと願っています。

(出典:法輪大法明慧ネット日本語版