一、中国の軍隊は「政党の軍隊」である

 中国の軍隊は「中国人民解放軍」と呼称され、中国共産党(中共)が創建、指導する武装力で、即ち政党の軍隊です。

 中華人民共和国憲法の第93条には、「中華人民共和国中央軍事委員会が全国の武装力を指導する」との記載がありますが、その「中華人民共和国中央軍事委員会」は、中共の最高軍事指導機関である「中国共産党中央軍事委員会」の構成員と同一であり、また中華人民共和国国防法には、「中華人民共和国の武装力は中国共産党の領導を受ける」、「武装力の中の共産党組織は、党規約に従って活動する」とあるため、中国の軍隊は実質上、中共が支配する「党軍」であり、「私兵」でもあるのです。

 中国軍隊の軍種には、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍、戦略支援部隊があります。イギリス国際戦略研究所が発行した『2023年ミリタリーバランス』によると、2023年の時点では、中国人民解放軍の人員数は、現役兵が203万5千人、予備役は51万人いると推定され、このことから中国軍は世界最大の常備軍とされています。

二、独裁政治における中国軍隊の役割

 中共政権にとって、「銃口から政権が生まれる」と言う毛沢東の言葉は信条となります。共産党軍は当初、国際共産主義運動の一環として、ソ連の強力な支援の下、国民党軍と戦い、内戦で勝利をおさめ、1949年10月1日に、共産党独裁政権である中華人民共和国を樹立しました。

 民主主義の原則であれば、軍隊は国家の中立的な公僕であり、社会や国民の守護者であるはずですが、中共独裁政権の場合、「党が軍隊を指揮する」というのは、中共が軍隊を掌握する不変の鉄則です。そのため、中国の軍隊は中国共産党の指揮に従って行動し、中国共産党という独裁政権を維持する役割を果たしているのです。

 中共が政権を奪ってからの数十年間、中国の軍隊は中国の民主勢力を弾圧し、民衆に対する抑止力と威嚇力として機能してきました。

 しかし、最近、中国軍は崩壊の兆しを見せています。

三、中国軍隊に対する大規模な粛清

 2012年、習近平が政権に就いてから、軍の支配権を掌握するため、腐敗撲滅という名目で軍に対する粛清を行いました。この10年間、粛清された軍幹部は13000人以上で、その中に200人近い将軍が含まれているとのことです。特に2023年に入ってから、習近平はロケット軍を対象に大規模な粛清に乗り出し、軍幹部の解任、不審死、行方不明などが相次いで起きています。

 2023年に入ってからの、軍に対する粛清を以下のように簡単にまとめました。

1) 国防相李尚福の解任

  李尚福は、2023年3月の全人代で国防相、国務委員に抜擢されたばかりの、習近平が最も信頼した人物でした。

 李尚福は1958年生まれで、「紅二代」と呼ばれる赤い血統を持ち、1982年に中国人民解放軍国防科技大学を卒業し、博士号も取得した高学歴の軍のエリートです。李は1982年から2013年まで解放軍の西昌衛星発射センターで31年間もキャリアを積み、そのうち、2003年から2013年までは指揮官をしていました。そして、2007年の中国初の対衛星破壊ミサイル実験や初の月面探査機発射任務にも直接参加しており、2013年、解放軍総装備部司令部参謀長、当部副部長を経て、習近平が軍制改革によって新たに創設した戦略支援部隊の副司令兼参謀長(2015-2017)に抜擢されました。

解任された李尚福国防相(Photographer: Danial Hakim, Attribution, via Wikimedia Commons)

 2022年10月、李尚福は中共中央軍事委員会委員に任命され、2023年3月12日、国防相兼国務委員に抜擢されました。彼のスピード出世から、習近平がそれだけ中国軍の現代化に重要な宇宙ミサイル戦略、そしてサイバー、電子戦強化を重視していることが窺えます。

 ところが、2023年8月29日に中国アフリカ平和安全フォーラムで演説した後、李尚福の動静は途絶えてしまい、同年10月24日、習近平は自ら、李を国防相兼国務委員のポストから解任するよう命じました。

 解任は汚職の疑惑によるものではないかと憶測されていますが、その理由は明らかにしていません。

2) 軍高官の相次ぐ失脚

 李尚福が国防相から解任された後、解放軍ロケット軍司令の李玉超と政治委員の徐忠波もそろって解任されました。

 2023年6月27日、ロケット軍司令官だった李玉超が、会議中に突然連行され、7月末に司令職を解任されました。李玉超は2022年1月にロケット軍司令に就任したばかりで、僅か1年半で解任された理由も発表されていません。

 更に、同じタイミングでロケット軍副司令官の劉光斌、前任副司令官の張振中も連行され、汚職容疑で取り調べを受けたと噂されています。

 劉光斌中将はミサイル電子システムなどの開発に従事した経歴があり、張振中中将は酒泉衛星発射基地の責任者を務めていた、共に技術系軍人です。そして、3年前にロケット軍副司令を退役した呉国華が、2023年7月初旬に北京の自宅で「自殺」したとの噂が広まっています。呉国華は解放軍旧総参謀部第三部(技術偵察)部長を務めた経験があり、電子諜報防諜の専門家でした。

 粛清の建前の理由は汚職ですが、これは初代ロケット軍司令で前国防相の退役上将の魏鳳和もかかわっているとの噂が広まっています。魏鳳和は今年3月の全人代で退役後、公の場に姿を現しておらず、秘密裏に取り調べを受けていると噂されています。

前国防相の魏和鳳上将(Public domain, via Wikimedia Commons)

 ロケット軍に対する粛清は、ロケット軍がリーク、汚職、クーデターに深く関与しているのではないかと推測されています。 

3) 失脚した軍高官リスト

 ニュースサイトの大紀元は2023年12月10日に『2023 年は中共政府高官が「失踪した年」である』という文章を掲載しました。

 文章は中共政権の2023年に最も目立った特徴は、多くの中国共産党高官が「失踪」したことだと指摘し、著者の王友群氏が、国内外の報道に基づいて「消えた」党、政府、軍の高官たちのリストを以下のようにまとめました。

 (1) 秦剛 中央委員会委員、国務委員、外交部長

 (2) 李尚福上将 中央委員会委員、中央軍事委員会委員、国務委員、国防相、元装備発展部部長

 (3) 魏鳳和上将 元中央委員会委員、中央軍事委員会委員、国務委員、国防相、ロケット軍初代司令官

 (4) 李玉超上将 中央委員会委員、元ロケット軍司令官

 (5) 徐中波上将 中央委員会委員、元ロケット軍政治委員

 (6) 劉光斌中将 ロケット軍副司令官

 (7) 張振中中将 元ロケット軍副司令官、現中央軍事委員会聯合参謀部副参謀長

 (8) 李傳広中将 ロケット軍副司令官

 (9) 孫金明中将 中央委員会委員補、ロケット軍参謀長

 (10) 李軍中将 元ロケット軍副司令官、現中央軍事委員会聯合作戦指揮センター司令官

 (11) 張軍祥少将 元ロケット軍参謀長 

 (12) 李同建少将 ロケット軍装備部副部長 

 (13) 呂宏少将 ロケット軍装備部部長 

 (14) 尚洪中将 戦略支援軍副司令官、戦略支援部航空宇宙システム部司令官 

 (15) 巨幹生上将 戦略支援軍司令官 

 (16) 馮丹宇中将 海軍副司令官、元装備開発部副部長

 (17) 鞠新春中将 南部戦区海軍司令官、元装備開発部副部長 

 (18) 夏清月少将 装備開発部副部長

 (19) 饒文敏少将 装備開発部副部長 

 (20) 王大中中将 北部戦区副司令官兼海軍北海艦隊司令官

 (21) 劉石泉 中国兵器工業総公司(CNWIC)総裁

 (22) 袁潔 中国共産党中央委員補、中国航天科技総公司(CASC)総裁

 (23) 陳国瑛 中国兵器装備総公司(CNWEC)総裁

 (24) 譚瑞松 中国航空工業総公司(AVIC)元総裁

 (25) 劉亜州上将 元国防大学政治委員、李先念元中国共産党主席の娘婿

 さらに、独立系ニュースウェブサイトのアジア・センチネル(Asia Sentinel)は、12月14日に、「これまでのところ、ロケット部隊の粛清で少なくとも70人の軍幹部が逮捕された。それはロケット軍が中共のミサイル機密を米国にリークしたという疑惑があるとされ、調達、支援部隊にも関わっているため、粛清の結果がどうなるかはまだ何とも言えない」と報じています。

 現在、中国軍に対する粛清が行われているのは、習近平と軍とが互いに信頼していないために内紛が起きている証拠です。中国軍は内部の分裂、利益の対立、士気の動揺といった事態に直面しています。中共当局が幾ら手を尽くして軍を再編しようとしても、この先、戦争、兵変、クーデター、コロナ禍などの複合的な影響により、中共の軍隊は全面的な崩壊に向かう可能性は極めて高いと見られています。

 軍隊は独裁体制を維持する根幹であり、中共の命綱でもあります。中国の軍隊が崩壊すれば、中国共産党は必ず滅びるでしょう。その崩壊の瞬間を見届けたいと思います。

(文・一心)