一、樂藥同源
「音楽は心の薬である」という言葉があるように、良い音楽を聴けば、病んだ心が癒され、体の苦しみや痛みを緩和することができます。
実は、音楽が病気治療できることを、先人たちは遠い昔から認識していました。これは「楽薬同源」という考え方です。
「樂」と「藥」という漢字からも、音楽と薬との繋がりを読み取ることができます。
「樂」と「藥」は古代の甲骨文・金石文に既に現れており、当時の「楽」は「樂」と書き、その字義には喜び、嬉しい、楽しいと言う意味もあれば、奏でる、音曲などの意味もあります。
音楽は人間の体に良い働きかけができるため、病気治療に使われていました。その後、人々は植物の草も病気治療に効果があることを発見し、「樂」に草冠がつけられ、やがて「藥」という漢字が生まれたとされています。
つまり、「樂」という文字は「藥」より先に出来上がったと言われているように、音楽は薬の祖先だったと推測されています。
そして中国山東省(戦国時代の斉国)では、今でも「藥」を「樂」と同じ発音をする方言が残っているそうです。それは先祖代々が守り続けてきた「樂藥同源」の名残ではないかと思われます。
二、「五行」と「五音」と「五臓」
古代中国の陰陽五行説では、宇宙の万物は「金、木、水、火、土」という5種類の元素の運動と変化によって生成され、物事の全ては五行の推移によって起こると考えられていました。
そして「樂」は陰陽五行説によって、人間の五臓に対して関係づけられています。
『黄帝内経 霊枢 邪客第七十一』(注1)には、「天有五音、人有五臓……、此人之與天相応也」と書かれており、それを日本語に訳すと、「天に五音有り、人に五藏有り……。これは人が天に対応するものだ」となります。
「五音」とは古代中国音楽で使われる階名のことで、宮(きゅう)、商(しょう)、角(かく)、緻(ち)、羽(う)の五つの音を指します。西洋音楽の階名で言うと、宮はド、商はレ、角はミ、徴はソ、羽はラに当たります。
そして「五藏」とは人間の心臓、肝臓、肺臓、脾臓、腎臓を指します。
「五行」、「五音」、「五臓」との対応付けは、次のようになります。
「五音」、「五行」、「五臓」対応図:
『史記・樂書』(注2)には、「故音樂者、所以動蕩血脉、流通精神和正心也」と書かれています。それを日本語に訳すと、「故に、音楽とは、血脈を動かし、精神を通流させ、心を平和にさせるものである」となります。
『樂書』によると、宮の調の音楽は穏やかで柔らかく、脾臓を動かして「聖」を、商の調の音楽は素早くて鮮明で、肺臓を動かして「義」を、角の調の音楽は高くて伸びやかで、肝臓を動かして「仁」を、徴の調の音楽は情熱的で音高く、心臓を動かして「礼」を、羽の調に音楽は清らかで明快で、腎臓を動かして「智」を表すとされています。良い音楽を聴くと、人間の五臓六腑は規則正しく振動し、精神的にも肉体的にも変化が起こり、温厚寛容な気持ちになり、素直で誠実な気持ちや、礼儀正しく慈愛な気持ちになるとされています。
三、良い音楽を聴くこと
古代の音楽には、人の心を浄化し、穏やかなメロディーで人を落ち着かせ、心を静かにさせるものが多かったのです。そのため、先人達は音楽を健康維持に欠かせない要素として捉え、人の喜怒哀楽の感情や鬱、恐怖、驚きなどの不均衡な心理を「五音五臓」の医理を以って治療しようとしていました。
音楽で病気を治療する理念は、東洋にも西洋にも古くから存在していました。それは人体も大自然も、神様によって創造された傑作であり、音楽を通じて自然と人体のバランスを取ろうという「天人合一」の考え方が根底にあるからです。
自然の法則に合致した音楽は特殊な力と効用があり、人の魂に触れ、人に感動を与え、体にも精神にも大きなプラスの影響を与えます。五官を刺激し、ネガティブな感情を掻き立てるような音楽ではなく、良い音楽を選んで聞きましょう。場合によっては、それは薬以上の効果をもたらすかもしれません。
(注1)『黄帝内経』:前漢代(紀元前206年〜8年)に編纂された現存する中国最古の医学書と呼ばれている。その内容は散逸して一旦は失われたが、762年唐の時代に王冰の表した『素問』と『霊枢』が伝えられている。
(注2)『史記』:中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された歴史書である。二十四史の一つで、正史の第一に数えられる。「本紀」12篇、「表」10篇、「書」8篇、「世家」30篇、「列伝」70篇の計130篇からなる。
(文・一心)