今、中華料理は世界中で高い人気があります。小籠包、麻婆豆腐、北京ダックや四川火鍋など、中華料理は私たちの日常的な食事として、世界中で食されています。しかし、実際にはこれらの見慣れた中華料理も、とても重要な中国の伝統文化であり、深い道理と意義を含んでいます。
中国の食文化に含まれる道理を探るには、中華料理の創始者とも言われる人物「伊尹(い・いん)」から始める必要があります。
夏王朝の後期に活躍していた伊尹。平民の頃から、既に豊富な知識と料理の腕で有名でした。彼は夏王朝の命数が尽きようとしているのに気づいたので、殷の湯王に近づき、正義の旗を高く掲げ、桀王の代わりになるよう説得しました。湯王は伊尹に天下の大事について尋ねると、伊尹は料理技術の要領と料理の理論を例えに、国を治め、天下を平和にする道理を述べました。
伊尹は「料理は、塩辛過ぎたり淡白過ぎたりしてはいけません。調味料でうまく調整することが重要です。国を治めることも料理と同じです。焦ったり、怠けたりしてはいけません。『丁度良い』場合にのみ、上手く国を治めることができます。優先順位を明確にし、程合いを心得ることによって、政治が上手く行き、人心が安定します」と湯王に助言しました。
また彼は、多くの地方の珍味を列挙した後、湯王に「これらの珍味を食べたいのであれば、良い馬を持たなければなりません。皇帝になりたいのであれば、仁政をしなければなりません。民に良い生活を送らせて、信頼を得るようにしましょう」と言いました。
伊尹の助言に、湯王は心から納得し、伊尹を宰相に任命しました。伊尹の補佐によって、湯王は桀王を討伐し、天下統一を果たし、殷王朝を樹立しました。伊尹も夏殷時代随一の賢相となりました。この典故は『鼎烹說湯』と呼ばれています。①
老子曰く、「大国を治むるは小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若(ごと)し②」なのです。料理の方法から国を治めることまで、全てのことの道理は、大抵『道』と暗合しています。料理の技術も極致に達すると、天下の至理を含むのです。
すべての職業は、神から授かった技術であるため、すべての職業には創始者がいます。もちろん、料理も同じです。人間と人間社会の全ての規則は道の現れであり、料理も道と関係しています。そのため「食の道」や「料理の道」などの言い方があります。そして「薬舗は食補に如(し)かず」と言われるように「薬を飲むより、食事で栄養を補う方が勝る」との言い方もあります。
古代中国の人々は長い間、食の道を深く理解し、飲食における「道法自然(どうほうじねん):道は自然に法(のっと)る」を強調し、そして、人生の道理を飲食に託してきました。中国最古の医学書の一つと呼ばれる『黄帝内経』は、「養、助、益、充」という飲食の四つの原則、つまり「五穀を養とし、五果を助とし、五畜を益とし、五菜を充とす③」を提唱しています。
「五穀を養とす」とは、五穀が人間の成長と長寿と切り離せないことを指摘しています。「五穀」とは、大豆製品を含む各種の主食を指します。
「五畜を益とす」とは、各種食品を組み合わせる重要な原則を論じています。「五畜」とは、家畜、家禽、魚、卵、牛乳などの動物性食品を指します。これらの食品は栄養価が高く、吸収率が良いので、「五穀」の主食に「五畜」を適切に組み合わせることは人体にとても有益です。
「五菜を充とす」の「五菜」とは、各種の野菜を指します。これらの野菜は、さまざまな栄養素を補い、体を豊かにしてくれます。
「五果を助とす」とは、主食・動物性食品・野菜などを食べるだけでは十分ではなく、同時に毎日適量の果物を食べて、さまざまなビタミンやミネラルを摂取する必要があるという意味です。
これら四つの食事の原則は、現代の私たちの食生活にも適合する「食事の調和」、つまり、バランスの良い食生活をすることを提唱しています。
また、伝統的な中華料理の重要な基準であり、料理人が目標とする境地に「和」があります。この「和」は調和の意味であり、その原則には、次の三つがあります。
・「葷素の和」=互いに補い合う肉類と野菜類の組み合わせにすること。
・「性味の和」=寒涼性の食材と温熱性の食材をうまく調和させること。
・「時令の和」=季節に合った食材を組み合わせること。
また、儒教の古典の一つ『禮記』には、「甘受和④」と記されています。これは「甘味は味の基本であり、『甘さ』はどのような味をも調和させる」という意味です。
古代中国の「美食の道」の「道」は、具体的には「味の道」、すなわち、「味を知ること」で体現されています。
註:
①『呂氏春秋・孝行覽・本味』より
②中国語原文:治大國若烹小鮮。(『老子道徳経』より)
③中国語原文:五穀為養,五果為助,五畜為益,五菜為充(『黃帝內經・素問・藏氣法時論』より)
④『禮記・禮器』より
(文・戴東尼/翻訳・宴楽)