(イメージ / Pixabay CC0 1.0)
ある日、豪華な服を着ている女性が精神科医を訪れ、自分は幸せではない、ずっと空虚で退屈な生活をしていると述べた。
そこで医者は床を掃除している老婦人を呼び、この女性に「マリアがどうやって自分の幸せを見つけたかを教えるから、よく聞いてください」と言った。
老婦人はほうきを置いて椅子に座り、自分の話をし始めた
「夫をマラリアで亡くし、三ヶ月後には一人息子も交通事故で死んでしまいました。私には他に親族がおらず、何もありませんでした。不眠、拒食、誰に会っても笑えず、自殺まで考えました」
「ある晩、仕事帰りに子猫がずっと後ろをついて来ました。外は寒かったから少し可哀そうに思って、子猫を部屋に入らせて牛乳をあげました。しばらくして、その子は完食し、満足気にささやき、私の足を舐めました」
「私は数ヶ月の間ではじめて笑いました。子猫を助けることだけで自分を笑わせることができるならば、他の人に何かをしたら、自分はもっと幸せになれるだろうと当時はそう思ったのです」
「翌日、私はビスケットを焼き、病気で倒れているお隣さんに渡しました。その後は毎日、他人を手伝うようにしてきました。彼らが嬉しくなったことを見て、自分も嬉しくなりました。こうして、不眠や拒食がなくなりました。他人にあげることを通して、自分の幸せを見つけたのです」
ここまで聞くと、この裕福な女性が泣きながら「お金で買えるものは全て持っているが、買えないものを失ってしまった」と話した。
生活の美しさは、あなたがどれほど幸せであるかではなく、あなたの周りの人がどれほど幸せになれるかということだ。
幸福は終点ではなく、旅である。幸福は明日ではなく、今である。幸福は他人次第ではなく、自分次第のものだ。重要なのは自分が何を持っているかではなく、自分が誰であることだ。
この老婦人は自分の幸せを見つけたが、あなたはどうですか?
(文・宝藍 / 翻訳・謝 如初)