(イメージ / Pixabay CC0 1.0)

 前回の記事では、中国の伝統文化における色彩、そして「五徳」と「五色」についてお話ししました。今回の記事では、その「五色」の中の「赤」について詳しく述べてまいります。

 「赤色」に対する誤解

 古代中国の各王朝が尊ぶ色が異なりますので、「古来、中国の色は赤」「赤は伝統的な吉祥の色」という観点は成り立てなくなります。例えば、血の色である赤が死を意味すると考える商王朝期の人々は、赤をお葬儀で使用していました。

 同様に、異なる王朝において、違う色の婚礼衣装を着ていました。白、黒、青、赤は皆使われたことがあります。新郎新婦ともに全身赤色を着用することがほとんどありませんでした。特に、男女別を重視する古代では、例えば赤を着用しても、新郎新婦の片方だけになります。

 忌み嫌われる「赤色」

 正史の記載から見ると、古代中国人は代々、赤色を尊んではいません。特に現代によく見る深紅色は、古代中国の染色工芸ではほとんど見ることがありませんでした。さらに、現代に吉祥の色とされがちな赤色は、伝統民俗にあるいくつかの慣習では、かえって禁忌の色とみなされます。

 例えば、中国の民俗では、赤色のお財布は「破財」、つまり、望まない支出を招くため、避けた方がいいとされます。その原因は、赤色が代表する「火」は五行において「金」を打ち勝つためという説もあれば、赤色は「赤字」を代表するためという説もあります。

 住宅・風水学において、赤いインテリアや装飾画を多く配置することは、五行のバランスを崩すことで、部屋の風水を壊し、入居者の運勢に良くないとされ、多くの風水師に反対されています。心理学者も、大量な赤色は人をイライラさせることが多いため、赤色を多く触れることを勧めないようにしています。お医者さんに至っては、健康を維持することから、赤色を部屋のメインカラーにすることを反対します。なぜなら、赤色の環境に長時間いると、視覚的に疲労を起こし、病気の原因となりやすいからです。

 人間は、赤色に対する本能的な警戒心を持っており、それが日常生活にも影響しています。例えば、街でよく見かける赤い標識は常に危険や禁止を意味します。研究によると、人間の赤色に対する警戒心は、自然との共生で積み上げてきた経験からのものだとされています。自然界において、鮮やかな赤色の動物、植物、昆虫は、すべてではありませんが、大多数が有毒なのです。そんな鮮やかな赤色の生物を見かけると、人間は危険を感知するため、その結果、鮮やかな赤という色自体に対する警戒心を持つようになりました。

 文化界においても、このような警戒心が存在します。中国では、「丹書不祥(たんしょふしょう)」という言い伝えがあります。その意味は、赤色で書かれた文をもらうと、不吉な事が起こります。絶交の手紙も赤色で書かれたもののため、手紙を書く時は、赤色を避けるべきだとよく言われます。歴史を見ると、古代中国では、役所は死刑囚の姓名を記録する時に赤色を使用していました。民間の言い伝えに至っては、地獄の閻魔王が管理している生死簿(せいしぼ、鬼籍)も赤色の文字で書かれている説もあるとか。これによって、中国では今でも、赤い文字で誰かの名前を書くことは、その人の死を呪うことだとされています。

 火のない所に煙は立たぬ。これらの観点の正誤はさておき、赤色に対する忌諱は何の理由もないことではありません。人々の潜在意識では、赤色に対する警戒心がどこかにあるのでしょう。「吉祥」という言葉を世界に広めた中国においてはなお一層、赤色だけを吉祥の色とするわけにはいきません。

 血と炎の色「赤」

 医学的な観点から見ると、人間は色彩に対して、同じような神経学的知覚を持つため、文化的にも一部の類似性があります。西洋人に、西洋の伝統的な物語の中で、「溢れる赤色と言えば」と尋ねると、最も多い答えは、「血に染まる戦場」と「炎で燃える地獄」の2つです。

 この答えから伺えるのは、西洋文化において、赤色は「血」と「炎」の二つの要素が挙げられます。象徴するものは様々ですが、全体的には、赤色が西洋人に与えるのはポジティブな印象よりも、ネガティブな印象の方が強いのです。ポジティブな表現であっても、ある種のネガティブな要素を含んでいることがあります。

 例えば、カトリック教会の「枢機卿(Cardinal)」。真紅の衣をまとうことから、ヨーロッパ諸語では「Cardinal」が「赤」の代名詞となっています。その真紅は、キリストが衆生のために流した血の色であり、信仰のためならいつでもすすんで命を捧げるという枢機卿の決意を表す色でもあるとされています。これらはポジティブな表現のはずですが、血を流すこと自体のネガティブな意味合いが到底否定できません。

 顔料の名前からも、色彩の意味を知り伺えます。「マルスレッド(Mars Red)」はその一例です。酸化鉄赤を主な発色成分とするマルスレッドの「マルス」は、ローマ神話における軍神「マールス」の短縮形で、材料工学においては鉄元素に対応しています。

 なぜ軍神マールスは「鉄」に対応するのでしょうか。ローマ神話がもっとも言い伝わった古代ローマは、鉄器時代に入り、戦争で使われる武器は鉄で作られていました。戦争で流した人間の血が赤いのは、鉄を主成分とするヘモグロビンが大量に含まれているからです。「鉄血」という言い方もここから由来します。なお、酸化鉄(赤さび)を大量に含む赤い地表が広がっている火星も、英語では軍神マールスの名を持ちます。そのため、古代西洋文化において、「赤色」は「軍神マールス」「鉄」「血」「戦争」とほぼ同義になります。

 血と炎で紡ぐ人間の戦争を表す赤色は、ネガティブな印象を十分持ちますが、それよりさらにネガティブな印象を持つのは、地獄の血と炎の赤色です。赤く燃える地獄を強く印象づけるキリスト教の描写は、多くの芸術作品にも描かれており、人々の心の中に「赤い地獄」のイメージを強めています。

 西洋文化において、「赤い地獄」の次に出てくるのは「赤い龍」です。そんな赤い龍を非常に生々しく描写したのが『ヨハネの黙示録』です。例えば、「大きな、赤い龍がいた①」と、「この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された②」。これらの表現から見ると、西洋文化において、「赤色」は「地獄」だけでなく、「悪魔」「サタン」とも直結してしまいます。

 『新約聖書』の最後に配された『ヨハネの黙示録』は、未来への早期警告が主な内容で、『新約聖書』の中で唯一、預言書的性格を持つ書です。絶えずに連なる大災害から最後の審判まで、描かれている終末のシーンは衝撃的です。そんな『ヨハネの黙示録』は、赤い龍は悪魔のサタンであると明言しています。惑わされると、地獄に落ち、永遠の死を迎えてしまいます。そして、世界をむしばんできた赤い毒龍が世界を惑乱する時には、その赤い毒龍に従うか、心の中の善良を守るか、世界中の人々が生死をかけた究極の決断を迫られます。

 勿論、七色の一色目である赤色は、そこまで忌み嫌われる必要はありません。違う情景、違う次元において、赤色の意味合いも全く違ってきます。今回の記事では、赤色が忌み嫌われる一面を紹介しただけで、赤色に対する過大評価も過小評価でもありません。

 (次回:中国の伝統文化における色彩 ——⑶光り輝く「黄」)

 註:①『ヨハネの黙示録12:3』より

   ②『ヨハネの黙示録12:9』より

(文・Arnaud H./翻訳編集・常夏)