(イメージ / Pixabay CC0 1.0)

 少女のナンシーちゃんが8才になったある日。お父さんとお母さんが弟のトムくんの病気について、ため息をつきながら話しているのが聞こえてしまいました。

 トムくんは、頭に腫瘍ができていて、命に危険が及んでいました。助かるには大きな手術をしなければならず、それには莫大な費用がかかります。お父さんとお母さんは弟の治療費のためにお金を使い切った上、たくさんの借金もして、最終的には家まで売ってしまったので、賃貸アパートに引っ越さなければなりませんでした。

 生花が枯れていくように日に日に弱っていくトムくんを見て、家族全員は不安で仕方なく、けれどどうすることもできませんでした。

 お父さんはお母さんに向かって、長いため息をついて、「トムを救うには奇跡を起こすしかないようだ」と言いました。

 お父さんの話を聞いたナンシーちゃんは、自分のお金でお父さんとお母さんのために「奇跡」を買ってきて、弟の病気を治してあげようと心に決めました。

 ナンシーちゃんは、棚から貯金箱を取り出し、中のコインをすべて床に広げ、慎重に数えてみました。1ドル11セントでした。

 こんなにたくさんのコインがあるのに、どうして1ドル11セントしかなかったの?ナンシーちゃんはさらに2回も数えてみたのですが、やはり1ドル11セントしかありませんでした。

 ナンシーちゃんは仕方なく、コインを貯金箱に戻して、貯金箱をもって家から出ました。玄関から出るところを両親に見られるのを恐れて、ナンシーちゃんはそっと、裏口から出ました。そして、遠く遠く、6ブロック先のドラッグストアまで歩いて行きました。

 ナンシーちゃんは、薬剤師さんの高いカウンターの前で、長い間辛抱強く待っていました。しかし、あいにく、薬剤師さんは誰かと話していて、ナンシーちゃんに気づきませんでした。ナンシーちゃんも背が低くて、カウンターに隠れてしまいそうですから。

 ナンシーちゃんはつま先で立ち、薬剤師さんの注意を引こうと、2度ほど咳払いをしたが、薬剤師さんは反応しなかったのです。

 しかめっ面をして、いいアイデアを思いついたナンシーちゃんは、貯金箱からコインを取り出して、カウンターの上に重そうに投げました。

 「バンッ」と大きな音で、ようやくナンシーちゃんの存在に気付いた薬剤師さんは、「何の用だ?ごめんだけど、弟がシカゴから来ていて、もう何年も会っていないから」とあしらうように言い、ナンシーちゃんが答えるのも待たずに、また弟さんと話を続けようとしました。

 ナンシーちゃんは勢いよく、「私の弟のことで、薬剤師さんにお話しようと思っていたの!弟はとても重い病気に罹ったの!私ね、弟のために奇跡を買いに来たの!」と大声で言いました。

 「ん?何?奇跡?」と理解に苦しむ薬剤師さんに、ナンシーちゃんはすかさず、「私の弟、トムは、頭になにかができています!パパは、弟を救えるのは奇跡しかないと言っています!奇跡はいくらなのですか?」と薬剤師さんに聞きました。

 数秒、言葉を失った薬剤師さんは肩をすくめて、「お嬢さん、ごめんなさい。お役に立てればよかったけど、ここでは奇跡を売っていないんだよね」と残念そうに言いました。

 ナンシーちゃんは、「あのね、私は十分なお金を持っているの。たとえ足りなくても、私が探しに行くから、その奇跡というものはいくらなのかを、教えてくださいな」と真面目に言いました。

 一部始終を見ていた薬剤師さんの弟さんは、「あなたの弟にはどんな奇跡が必要なの?」と、ナンシーちゃんに聞きました。

 ナンシーちゃんは首を振って、「わからない。私が分かっているのは、弟が大変な病気にかかっていること。ママは、手術が必要だと言っていて、パパは、そんなにお金は出せないと言っているの。だから、私のお金を使おうと思う」と答えました。

 弟さんに「いくら持っているの?」と聞かれたナンシーちゃんは、「1ドル11セントだ」と答えたあと、声を低めて、「これだけしかないけど、必要なら、探しに行くから」と言いました。

 弟さんは唇をすぼめて、目を潤ませました。そして、ナンシーちゃんに微笑みながら、「なんという偶然でしょう。1ドル11セント、まさに、あなたの弟を救える奇跡の値段ですよ」とナンシーちゃんに言いました。そして弟さんは、右手でナンシーちゃんの貯金箱を持ち、左手でナンシーちゃんの手を取り、「あなたの弟に会いに行かせてくれないかな?弟を救うその奇跡を、僕が持っているかどうかを確かめに行こうか」と言いました。

 なんと、薬剤師さんの弟さんは、すこぶる優秀な脳外科医でした。医者さんは数多くの手術を行ってきましたが、このように訴えてくる患者さんを見たことがないのです。重病の弟を助けるために奔走する少女の姿に感動した医者さんは、無償でトムくんの手術を行い、弟の命を救う「奇跡」をナンシーちゃんにプレゼントすることに決めました。

 午前いっぱいで行われた手術は大成功でした。

 ナンシーちゃんの両親は、トムくんを家に連れて帰って来た時、自分たちの幸運をずっと感嘆していました。お母さんは小声で、「本当に奇跡だわ!この手術はどれくらいのお金がかかるのかしら!」とつぶやきました。

 「1ドル11セントです!」その答えを知っているナンシーちゃんは、にっこりと、自慢げに笑いました。

 そうなのです。あの奇跡は、1ドル11セントのお金で手に入れました。しかし、弟を救いたいという純粋な気持ちが込められているから、それはどんなにお金を出しても買うことができないのです。

(翻訳・玉竹)