米国のメトロポリタン美術館に保存されている書物『孝経』(こうきょう)カバー( パブリック・ドメイン)

 漢字の一文字一文字には深い意味合いが秘められています。例えば、「孝」という文字は「老」の上の部分と、「子」との組み合わせで出来たもので、つまり、子が老いた親を世話し、扶養するという意味になります。

 孝行の概念は中国では古く長い歴史があって、殷の甲骨文には既に「孝」という文字がありました。中国の伝統的な道徳観の中で、孝道は特別な地位と役割を有し、全ての教化が「孝」から始まると考えられていました。そのため、「教える」という文字は「孝」と「文」からなっており、つまり、教育の根本は孝道人倫の基礎から成り立つという意味になります。

 親は子の生命の本源です。人間として生まれてきた以上、親に孝行をして尽くすことは当然だと思われるかもしれません。しかし、その説明だけでは不十分で、「孝」という概念の背後には更に深意があるように思われます。

 正統な中華の文化は天と人が融合した神伝文化と見なされていました。神々は人間の全てを按排され、そして、人間の行動規範を定められ、更に、それらを文化として人間に授けて下さったと人々は昔から信じていました。そのため、人々は神に対して敬畏の念を抱き、そして、神が定められた仁、義、礼、智、信などの人間の道徳規範をしっかり守ろうとしました。「孝行」もその道徳規範の一つと見なされていました。

 「人間は生きている間、徳を積み、業力も作り、そして、様々な人との関わりの中、互いに貸し借りが出来てしまい、それらの恩怨の清算をするには、多くの場合、転生輪廻の中、人々はまた家族として按排されてしまう」との伝統的な考え方がありました。

 「もし人間が天意に従い、家庭を大切にし、善行を積み、孝道を守ることが出来れば、前世で作った恩怨のかなりの部分が解決され、そうした場合、家庭が安定し、幸せになる」と天地神明を信奉する人々は考えていました。親が苦労して子を育て、子は大きく成長してから、親の養育の恩に報いるという仕組みの中で、「孝」は家族を結束させる絆として大きな役割を果たしてきました。

 家庭は社会の縮図です。家庭が安定すれば、国も安定し、家庭が平和になれば国も平和になります。ですから、「百善は孝を先となす」という言い方があるように、古くから中国の人々は「孝行」を天理と見なし、人を教育する時、まず人に行ないを正しくさせ、家庭を安定させることから始めたのです。

 かの孔子も、「孝」についてこのように説かれています。「孝は、天の経なり、地の義なり、民の行なり(孝というものは、天道に適い、地義に宜しく、民をして善に帰せしむるものである)」

(文・一心)