先日、砂浜で散歩する時、ちょうど潮が引いたところでした。海水が引いた砂浜は堅くて平坦で、その上を歩くのが実に心地よかったです。
歩いていると、浜辺に止まっている一本の小さな木舟が見えました。砂浜に斜めに寄りかかる小舟が、海と青空と引き立てあい、調和のとれた美しい絵のように見えました。この小舟の所持者は、どのような気持ちでここで小舟を泊めて行ってしまったのだろうかと、思わずにいられませんでした。
今日、同じ砂浜に行きました。潮が上がり、海水は岸まで上がって来て、砂浜を覆いました。先日見た小舟がまだそこに止まっているのにふと気づきました。この数日間、所持者が忙しくて、ここに来ていないのでしょう。小舟は潮の流れに任せて、浮き沈みしていました。
波に乗り、軽やかに揺れ、優雅でゆったりとしていた小舟を見て、つくづく感嘆しました。海水が引いた時、小舟はしっかりと砂浜に泊まっていて、海水が上がってくると、小舟はまたふわりと波に乗って浮かんできます。潮が満ちても引いても、小舟はずっと自分のバランスが取れているようです。
海辺に泊まる小舟は、浮き沈みするのを免れません。人間も同じです。仕事や生活の中で、常に「浮き」と「沈み」があります。花束や拍手の伴う「浮き」はもちろん嬉しい事で、心から微笑が溢れて来ます。一方、つらい「沈み」はそう簡単には受け入れられず、心の落ち込みが紛れることは難しいでしょう。
どんなつらいショックでも、どんな大きい失敗でも、笑顔で向き合える人はどれぐらいいるのでしょうか。多くの人は「浮き」が好きで、「沈み」が嫌いです。しかし、人生はずっと「浮き」の状態でいられることがなく、必ず多少の挫折を味わうことになります。人生の浮き沈みは、まさに潮の浮き沈みと同じく、抗えず、避けることもできない世の常があります。
そのため、あの小舟のように、穏やかで落ち着く気持ちが必要です。潮が引く時は、穏やかに岸に泊まり、絵のように美しい風景になります。潮が上がる時は、軽やかに浮き上がり、優雅で自由を楽しむことができます。私たちも、小舟のように、流れのままに浮き沈むことが出来たら、心の中の悩みが減り、ゆとりもできる、自然と美しい風景になることでしょう。
(文・青松/翻訳・清瑩)