2021年1月28日、アメリカのシンクタンク・「大西洋評議会(The Atlantic Council)」は80ページに及ぶ報告書「より長い電報:米国の新しい対中戦略にむけて」(The Longer Telegram: Toward a new American China strategy)を発表した。当報告書は「習近平が米中関係をギクシャクさせた根本的な原因である。対立深める米中関係を修復するには、習近平を中国共産党(以下、中共)のトップの座から退場させなければならない。中共全体ではなく、党内で批判勢力との亀裂を深める習近平総書記に攻撃の的を絞るべきだ」と提言した。
これを受け、YouTubeチャンネル・「政経最前線」(Political and economic frontline)は、2月27日、台湾国立大学政治学部名誉教授の明居正氏にインタビューを行った。
明教授は、「当報告書は中共全体を相手にするのではなく、もっと狭く、習氏個人に焦点を絞るべきだと提言している。このように習近平に反対するが、中共政権に反対しないという考え方は、根本的な問題を解決することができない」とコメントした。
1946年、第二次世界大戦が終焉した直後、ソ連と連携してナチス・ドイツに勝利した多くのアメリカ人は、世界がもう平和になり、心配事がなくなったと楽観視していた。しかし、当時、モスクワに派遣されたアメリカ外交官・ジョージ・ケナンは、ソ連の情勢を深く分析した後、ソ連のイデオロギー、政治的な価値観、政権構造、建国理念がアメリカ等の民主主義の国とかなり異なり、アメリカ人の考え方を用いてソ連の事を考えてはいけず、将来ソ連は必ずアメリカの最強の敵になるだろうという結論に至った。そこで、彼は長い電報でソ連を「封じ込め政策」を提唱し、その後の数十年にわたる米ソ冷戦を戦う外交政策の基礎を作った。この電報は後に「長い電報」と呼ばれた。
今度の「より長い電報(The Longer Telegram)」と呼ばれる報告書の作者は、当時の「長い電報」と同じように、アメリカ政府に、今後数十年間の米中新冷戦での対中戦略を提言している。しかし、この提言の核心部分は、中共に対抗すると言っているが、共産主義体制、そのイデオロギー、価値観、中共の野望などについて深く触れていない。当報告書では、それらの問題よりも、習近平個人に焦点を当て、習近平及び彼のチームを中共の指導部から追い出せば、中国はたとえ共産党政権の支配下にあっても、アメリカの脅威にならず、いつか民主化に向かう可能性があるだろうと主張した。
明教授は、「このより長い電報の考え方は誤りである。もしバイデン政権がこの報告書に基づいて対中外交政策を策定するならば、きっと目的を達成することができないだろう」と指摘した。
「1970年代から現在に至るまで、アメリカの対中政策は穏健派によって主導されてきた。彼らは共産主義を好むわけではないが、心の中の中国が好きだった。そのため、彼らは無意識的に、中共を中国と同一視してしまった」と明教授が言った。
彼らは中国に期待と善意を持っていた。「中共は共産主義を実現しようとしても、中国は最終的に民主化に向かって行くだろう」と彼らは考えていた。その根底にあるのは古典的民主主義理論である。それは貧しい農耕社会が産業社会に入ると、経済発展に伴い、社会全体が豊かになり、中産階級が誕生し、その中産階級が一定の規模まで成長すると、彼らは本来の政治体制の束縛から抜け出そうとし、民主化を求め、民主化を推進するだろうという考え方である。
欧米の政界、特に学界では、「一部の国はこのように民主化への道を歩んで来たから、中共も同じように歩んで来るだろう」と考えている。この理論によれば、欧米の民主主義国家は対中共政策に於いては、ずっと手を差し伸べるべきだと考えている。「中共を封じ込めれば、中共は永遠に外部世界と接触することが出来ず、中国の経済も発展しない。中共を変革させるには、彼らに手を差し伸べる必要があり、中共の指導者に民主主義の優位性を見せなければならない。中共とのやり取りを通して、中共に改革を促すべきだ。改革が進められれば、経済発展すると共に、将来的に、中国には中産階級が誕生し、その中産階級がやがて民主化の推進力となり、中国が次第に民主国家に変って行くだろう」と彼らは思っていた。
この理論には確かに成功例があった。多くのヨーロッパの国々はこのように民主化を実現した。他には、韓国や台湾なども同じように歩んで来た。そのため、欧米の人々は、「同文同種の台湾が民主国家体制に移行することができるならば、中国本土もいずれ民主国家になるだろう」と考えた。
「中共に経済発展の恩恵を受けさせ、その上、西側の文化、例えば、ハリウッド映画やNBAの試合などを導入させれば、中共は内部から次第に変化が起き、ある日突然目が覚めるだろう」と多くの人は考えた。残念ながら、そのような考えに反して、経済発展をする過程で、中国には期待したことが何も起こらず、むしろ中共の独裁政権がますます巨大化してしまった。それは何故だろうか?
明教授は、「共産主義国家には、古典的民主化理論が通用しない」と例を挙げて説明した。
「1989年から1991年にかけて、多くの共産党政権が3年間という短い間に相ついて崩壊し、民主主義体制に移行した。中には、ポーランド、ハンガリー、東ドイツ、チェコスロバキア、ソ連、モンゴルなど10カ国が含まれているが、この10カ国の民主化はいずれも前述した中産階級とは何の関係もなかった。
というのは、ポーランド、ハンガリー、チェコを除けば、他の7カ国はいずれも経済発展が立ち遅れており、中産階級そのものがそもそも存在していなかった。中産階級が存在したのは東ドイツだけだった。東ドイツの民主化の起因は、車で海外に出かけ、外国の豊な生活を目の当たりした東ドイツの人々は帰国したがらず、その結果、ベルリンの壁の崩壊に結びついた。
即ち、これらの共産主義国家における民主化の実現は、古典民主化理論に合致せず、その理論が共産主義国家には適していないことを意味する。これは極めて重要な結論である。残念ながら、欧米の多くの国々は未だにこの結論を認識してないようだ」と明教授が言っている。
古典的民主化理論を最初に中国に使用したのは、アメリカのニクソン大統領だった。ニクソン大統領は、「10億の中国人を国際社会から孤立させるわけにはいかない、我々はその壁を打ち破り、彼らを国際社会に引きこめば、彼らは少しずつ変わって行くだろう」と言っていた。
国際社会は中共を受け入れ、そして、中共と連携してソ連と戦った時、アメリカ政府は経済、技術、軍事の分野に於いて、中共を強化した。こうして、中共は少しずつ経済を発展し、強くなった。しかし、経済発展をした後、中共は何をしたのだろうか? 彼らは国際社会で大プロパガンダを行い、国際機関に浸透し、グローバル金融システムへ参入し、人民元の国際化をした。ここまで来ると、中共は国際舞台で民主主義国家と対峙できる実力を持つようになった。
このような結果になることを、米国政府は予測していなかっただろう。結局、古典民主化理論を手がかりに、過去の数十年間、中国を民主化させようとする米国政府の試みは失敗に終わった、と明教授は指摘した。
明教授の分析から、我々は共産主義国家が普通の国と異なり、特質な国であるということが分かる。民主主義体制に移行した10の共産主義国家の民衆は、民主化運動を推進する過程に於いて、共産党と共産主義を見捨て、共産党政権と戦う中、多くの犠牲を払った。しかし、当時の10ヵ国の共産党政権のいずれも自国民に対して残酷な弾圧を行えなかった。それに比べると、今の中共は相当な強権で、しかも、世界最先端の技術を駆使して、自国民に対して極めて残忍な弾圧を行っている。このような状況の中、米国が中共と協力関係を結べば、中共を支援することになり、中共の自国民への弾圧に加担し、中国の民主化を水の泡にさせてしまう恐れがある。
周知のように、台湾は中国本土と同文同種ではあるが、民主化前の台湾は共産主義国家ではなかった。当時の国民党政府は、中共に対抗することを自らの使命とした政権であった。そのため、台湾での民主化の経験は、中国共産党の支配下にある中国本土には適用できないことが明らかである。
そして、習近平を政権から追い出せば、アメリカが中共政権と良好な関係を築くことができるとの考えは非現実的である。なぜならば、中共政権が存続すれば、習近平が退陣しても、新たな独裁者が必ず登場して政権を握るだろう。それは共産党の本質によって決まる事だからである。ターゲットを中国共産党全体にせず、習近平その人だけに絞ることは、中国の根本的な問題を決して解決することができないだろう。
中共の外交官はしばしば自分たちのことを「戦狼」と言い、現在の中共の攻撃的な外交戦略を「戦狼外交」と呼んでいる。狼が羊になれないことを我々は知っている。狼が羊に変るのを期待することは非現実的なことであろう。
(文・黎宜明/翻訳・一心)