趙孟頫(1254年-1322年)『鵲華秋色図』(一部)(パブリック・ドメイン)

 浅絳山水(せんこうさんすい)とは、水墨の輪郭と着色の上に、代赭色(たいしゃいろ)を原色として敷設した淡彩の山水画のことです。中国山水画の着色技法の一種であり、他のジャンルの山水画の基礎でもありながら、中国伝統絵画の中でも難易度の高い技法の一つです。その方法は、濃淡、乾湿それぞれの墨で様々な輪郭線と構図を描いてから、淡い代赭色をメインカラーとして使用し山石や木の幹を染めて、最後に淡い花青色系で仕上げていきます。

 清王朝に刊行され、古くからの歴代画論と技法を解説する彩色版画絵手本・『芥子園画伝(かいしえんがでん)』にはこのような記載があります。「黄公望(コウ・コウボウ)の皴の技法では、虞山(ぐさん)の山石をイメージして描写しています。着色は、ほんのりとした代赭色を使用するのが得意で、時には代赭色の筆を使い概ねの輪郭を描きます。一方、王蒙(オウ・モウ)は代赭色と藤黄色(とうおういろ)を山水画の着色で使用します。王蒙の作品では、山頂にバサバサと草を描き、代赭色で着色するのが好きで、時には他の着色を一切せず、代赭色で画の中の人物の顔と松の樹皮を着色するだけです」このような着色する技法は、五代十国時代の董源(トウ・ゲン)より発祥し、元王朝の黄公望により流行になり、「呉装山水(ごそうさんすい)」とも呼ばれます。

 浅絳山水画は、木、石、雲と水を主たる描写対象とし、墨筆で輪郭を描き、淡い代赭色をメインカラーとして着色しており、清楚で上品で澄み切った明快な技法を特徴とします。清王朝の画家・沈宗騫(シン・ソウケン)は『芥舟学画編』で、「浅絳山水では、墨筆を基調としながら、着色を加減よくすべきである」と述べ、墨筆は画面上の物体構造の基礎であり、墨色が足りれば、主に山石に少しだけ淡色を着色することで、画面の色彩をシンプルに統一することができ、色の濃淡のバランスをうまくとる事を強調しました。

 浅絳山水画では、水墨山水画を基礎として淡い代赭色を着色する絵画ですので、肝心なのは、淡い代赭色と墨筆の輪郭線が強すぎない事です。もちろん、浅絳山水画の真意は、ある一定の形式に則って作品を完成するのではなく、その場の造化により自然と技法を使用し、作品に命を吹き込むことが大事なのです。

 余談ですが、清末民初時代に流行した一種の磁器があります。それは、黒を基調とした顔料に少量の調合油を入れ、それを使って磁器の生地に山水画を描き、淡色などの顔料で着色してから、650~700度の低温で焼き上げる磁器です。このような磁器は、作風は浅絳山水画とすごく似ているため、「浅絳彩瓷(せんこうさいじ)」と呼ばれます。浅絳山水の文人画の淡麗さと清楚さを取り入れた浅絳彩瓷は、陶磁器文化の新たな発展をもたらしました。

 浅絳山水画の創作にあたり、もう一つ注意する必要があるのは墨筆の使用です。それは、着色が淡いため、墨筆の書き損じを隠せないからです。これも他の山水画と大きく違うところです。中国伝統絵画の創作では、墨筆の「勾、皴、染、点」を重視します。「勾」とは、薄墨を使い物体の輪郭を描く技法です。「皴(シュン)」とは、山石、峰や樹皮の模様・木目を表現する技法です。「染」とは、着色用の筆と水気の筆を同時に使用し、色筆で着色し、水気を多く含んだ筆で色をにじませて、濃淡を表す技法です。「点」とは「点苔(てんたい)」の事で、トンボがしっぽで水を打ってすぐ離れるように、筆で紙を軽く打ってすぐ離れる技法です。「点」と「染」を使って、景色の広大さをうまく表現することができ、景色の奥行き感を増し、生き生きとそしてはっきりとした景色を表現する事ができます。また、墨筆の技法として、溌墨(はつぼく)法、積墨(せきぼく)法、破墨(はぼく)法、宿墨(しゅくぼく)法、焦墨(しょうぼく)法などが挙げられ、複数の技法を同時に使用するのも可能です。浅絳山水の技法では、溌墨法に代赭色を使用することが多く、近代の画家の中で流行っている技法です。迷わず、縛られず、大胆な筆遣いが必要で、余白と物体の自然な変化に注意すれば、重い筆を使っても結構です。

 『黄山憶遊図』は1956年、張大千氏(1899年-1983年)が創作した山水画で、近代の浅絳山水画の模範作です。この画作では、構図にはゆるみがなく、筆遣いもテキパキしており、松の木が画面を横切る大胆な構図は唯一無二となります。張大千は、「皴擦り」の技法を用い薄墨で輪郭を描いてから、代赭色を着色しました。極めて放逸な表現をする松の木には、早年の張大千の模倣していたころの筆遣いですが、後ろにある山石には、俊敏でありながら雄健な筆遣いとなり、1950年代の張大千の山水画の画風の転換が伺えます。その画風は、石濤(セキ・トウ)などの画家の画風に縛られず、ますます円熟していきました。同作品は墨筆の情緒もありながら、素朴な気韻も備えており、まさに世にも稀な逸品です。

(文・戴東尼/翻訳・常夏)

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